「審査とお迎え」・・・08/09/30(火)
昨日は、振替休日であったが、「選挙ポスター」の審査が、都庁の東京都選挙管理委員会でおこなわれた。(交通費420円をくれた。休みだったので車で行った。駐車場の料金は1100円だった。)
小学校、中学校、高等学校と分けながら、最終の点数に絞っていく。一般に、というかそこにいる人の見る枠組みには、小学生は、未熟で、学年が上がるにつれて、だんだんと高度になっていくというような見方が、すでに、見る者の内に挿入され組み込まれていて、そのような見方でみているということがよくわかるのであった。
けれども、小・中・高の作品を並べてみると、学年が上がるにつれて、精彩が亡くなっていくということに気づいたひとがそこにいたかどうか・・・。明らかに塗り方といったたんなる技巧ではなく、「表現の彩度」のようなものがあり、小学校の作品が輝いているのであった。逆に、年齢を重ねることによって、失われていくものがあるのではないだろうか。それは、一体何なのだろう。あるいは、何が、その輝きを失わせてしまうのか。
夕方、帰宅してから、病院におっかさんを迎えに行った。「人工透析」をはじめたが、その病院の2階は、透析室で、たくさんのひとが受けに来ている。
1日おき、または、2日おきに、やってきては、血液をろ過する。年中無休の病院である。
「シリーズ 子どもと図工を考える」・・・08/09/29(月)
運動会の後は、帰宅するとバタンキュー。で、日曜日は、午前2時に起きた。資料を作成し、某会議に9時から3時まで参加した。途中、エネルギーが切れた。
帰ってくると、「都図研ニュース」の原稿校正が、庖刀先生から、メールで来ていた。(最近、ネットの接続の具合が悪い。機械がふるくなってきたせいか・・・ぼくと同じではないか。脳の接続の速度が遅いし、つながりにくい。)
「都図研ニュース」で、2年間連載している「シリーズ 子どもと図工を考える」は、なかなか充実した文章が載せられている。今回は遠田副会長の「図工の道具を考える」である。図工と子どもに関するキーワードをテーマに、都図研の重鎮から、若手まで、いろいろな図工専科の立場から、考えを発信するものである。
書き手も、けっこうプレッシャーがあるらしい。みなさん、かなりマジに執筆していただいている。へたな美術教育書を読むよりも、だんぜん中身が濃いものとなっているし、そもそも現場の人間のことばだからリアルである。
シリーズも19本目となった。都図研HP(http://tozuken.com/cn8/pg26.html)でも読むことができる。
今日は、午後から、都庁で「選挙ポスター」の審査がある。
「アイアムタイヤド」・・・08/09/28(日)
昨日は、天候に恵まれ、勤務校では、運動会が盛大におこなわれた。29回目の運動会だが、だいたい「会場装飾係」「用具係」「得点係」などが自分の係で、当日は、用具係である。
しかしながら、50も半ばになると、太陽にあたること自体が、身体的にきつくなってきた。(そろそろ引退ですね。)若い先生方は、その点、実に元気で勇ましい。反省会もいつもより長時間で、やはり「ハレ」の場は、人を興奮させる。子どもも大人も、役割を受け持つプレッシャーと実施できた充実感によって、いきいきとする面をもつ。が、持たない人もいる。まあ、いろいろである。
「季節」・・・08/09/27(土)
昨日の朝、通勤途上のアスファルトの上に、ぽつんと蝶の死骸があった。うつむき加減で歩いていたら、道の隅に発見した。そう言えば、あんなにうるさかった蝉も鳴かなくなった。みな知らないうちにどこかに消えていく。周囲の環境そのものが、絶えず入れ替わっている。同じだと思っているのは、うかつにも自分だけで、自分自身の身体さえも絶えず新陳代謝を繰り返している。髪や皮膚や内臓さえも、新しい細胞へと蘇生しているのだ。記憶だけが、自分を自分だと思っている。
「文化としての運動会」・・・08/09/26(金)
明日は、うちの学校の運動会で、毎日、猛練習が続いている。ぼくが、学校に勤めてから29年たち、5校に勤務したが、その形態はほとんど変わっていない。個人競技「徒競走」、集団競技「ゲーム」、集団演技「表現」の三つを中心に各学年の演技が構成されている。その他、全体での協議や応援、特別協議、係活動などがある。
学校行事としては、大きな定例の行事であり続けている感じだ。森有礼の明治時代から始まった運動会は、現在でも大きな位置を占めている。
東京では、地域の「祭り」というよりも、学校の授業の延長という側面が強い。地域によっては、地域の連帯性を強化する「ハレ」の場というような場所もあるらしい。が、共同体が喪失しつつある現在、変質しつつある。
ウィキペディアでは、その起源について次のように述べている。
日本で最初に行われた運動会は明治7年(1874)、海軍兵学校で英語教師イギリス人ストレンジの指導によりで行われた競闘遊戯会である(ストレンジは後に、異動先の東京大学予備門でも運動会を開催している)。
ただし、海軍兵学校の運動会は単発的なイベントであり、継続的かつ全国に普及するきっかけとなったものは1878年に札幌農学校で開催された遊技会であると考えられている。遊技会は、僅か数年で北海道内の小中学校に広がった。
その後初代の森有礼文部大臣が体育の集団訓練を薦めるため学校で運動会を行なうようになった。
日本統治を経験した韓国、北朝鮮、台湾や中国東北部の学校にも日本時代の名残で運動会が存在している。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/運動会)
また、「運動会」に関する思想史・社会史的な論考では、『運動会と日本近代』 (青弓社ライブラリー。吉見 俊哉 、平田 宗史、入江 克己、白幡 洋三郎、木村 吉次、紙透 雅子著)などが、ある。ぼくは、読むひまはないが、近代教育のグランドデザインなどを考察する際には、参考になりそうだ。アマゾンの「説明」をみると次のようなことが、記述してある。
出版社・著者からの内容紹介
近代国家日本のイデオロギーと伝統的な民俗的祝祭・儀礼が接合された近代の祭りとしての側面をもつ運動会。近代社会システム構築の礎とされたその歴史を検証し、日本人の集合的無意識が顕現する場としての運動会を多角的に考察する。
内容(「BOOK」データベースより)
運動会は、世界に類を見ない日本独特のイベントである。そこでは、明治国家のテクノクラートたちが近代国家の重要なイデオロギー装置である学校に装填しようとしていた、身体をめぐる戦略がもっとも集約的に発動された。また同時に、民衆の集合的な日常的感覚のなかに深く根を下ろしてきた祭りと固く接合されることによって、近代日本の二重性を端的に象徴する場ともなった。だが、明治の運動会は、最初から国家が明確なかたちを提示し、それにしたがって形成されたものではない。兵式体操を重視する国家の教育政策と、明治時代以前から受け継がれてきた伝統的な遊戯が複雑に混交され、曖昧なかたちのまま全国に普及していったのである。人々が民俗的記憶として培ってきた祭りを取り込みながら、近代的な社会システム構築の礎とされたその歴史を検証し、日本人の集団的無意識が顕現する場としての運動会を多角的に考察する。
内容(「MARC」データベースより)
人々が民俗的記憶として培ってきた祭りを取り込みながら、近代的な社会システム構築の礎とされるその歴史を検証し、日本人の集団的無意識が顕現する場としての運動会を多角的に考察する。
「映画・死に花」・・・08/09/25(木)

高級老人ホームで源さんが死んだ。が、本人の意向でかわったJASS風の葬式が営まれる。さらに、「死に花」と書かれた台本・計画書が友人の老人たちに残される。それは、なんと「銀行強盗」の計画であった。
いきいきと元気な遊び心が老人たちに芽生える。そしてなんと、決行するのであった。土手から、銀行の地下まで、トンネルを掘る。苦難を乗り越え、出会いもあり、そして、成功する。
作業の途中、防空壕を発見、なかには、生き埋めになった家族の亡骸があった。成功後、そこにあった写真を復元すると、なんと老人ホームの、何もしゃべらない99歳を迎えた老人の若き姿とその家族が写っていた。源さんの「計画」の真意は、この「防空壕の発掘であった」。
すでにいない青島幸雄や超有名な俳優が、そのまま老人役で出演している。
人は、誰でも年をとり、死んでゆくが、「生きること、死んでゆくこと」とは、一体なんなのだろう。と考えさせる一作。でも、けっして暗くはない娯楽映画である。
監督、犬童一心。脚本、小林浩利、犬童一心。原作は太田蘭三の小説。
ああ老人問題が、押し寄せているな。
「秋分の日」・・・08/09/24(水)
秋分の日、いい天気の中、お陰様で、うちのばあさまも退院となった。あとは、週3日、病院に通うことになる。まあ、この後の方がたいへんかもしれない。
最近は、病院もサービスが行き届いており、家の前まで送迎バスが行き来してくれるそうだ。
それから、昨日の日記にアップした「都図研構造図」というのをつくったのだが、菅原さんに送ると彼はマックなので開けない。そこで、画像化して送ると、わざわざそれを基に、再図像化し、デザインしてくれたのであった。なんという手の入れようだろう。
最近は、いろいろな活動が続くので、HPのアップに菅原さんも大忙しなのだ。
こんな手の込んだ、内容の濃い図工教育のHPはないと思うのだが・・・1300人の会員の中で、まだ知らないひとも多いのだろう。だって、ひとり一回アクセスすれば、それだけでカウントが、1300となる。
おそらく1日500のアクセスがあるなら、図工教育の状況は、今とはまったくちがった世界が開けていただろう。もちろんよい方にという意味だ。
「教育課程検討委員会あんど都図研構造図」・・・08/09/23(火)
昨日は、誠之小学校で「教育課程検討委員会」(平田耕介委員長)があった。12月の理事会では、8Pの教育課程に関する現場サイドからのパンフを作成し、配布する予定である。新学習指導要領に対応し、授業実践とからませて、子どもの活動を提示したいと考えているが、視点の設定、実際の紙面の構成がかなり難しい。白熱した協議で、8時過ぎまで会議が続いた。完成、配布が12月なので、いよいよ詰めの段階である。委員の皆さん協力のもと、作成を急いでいる。
しかし、都図研の活動は、範囲が広い。いろいろな部局があり、事業を展開しているため、なかなか全貌を把握できない人も多いと思う。参加している当人もなかなかわからないのだから、会員となれば、なおさらだろう。
クリックで拡大 そこで、「構造図」を作成してみた。図式化すると、分かりやすいと考えたのである。
今日の話題の「教育課程検討委員会」は、特別委員会(高橋香苗委員長)として位置付けられている。特別委員会は、常時的な活動に加えた特別の必要性が生じた際に事業を展開する部所である。今年は、「教育課程検討委員会」は、新学習指導要領告示の年なので、昨年より開設し活動をおこなっている。
特別委員会としては、その他、「周年記念事業関係」や「谷川絵本プロジェクト」などをおこなっている。スタッフも少なく、不安定な活動なので運営するのもなかなかたいへんだ。昨今の「造形美術教育」が、押しやられる世相、状況においては、こうしたプロジェクトがとても重要になる。
「中沢新一フォーラムあんどテーチャーズ・ワークス展搬出」・・・08/09/22(月)
あっという間の一週間であったが、60周年記念の教員展も搬出となった。17時から皆さん集まり、作品を片づけた。高橋副会長、鈴木副会長、上野研修局長、そして若き事務局の中島先生、田村先生、島田先生、それにご参加いただいた皆様、ほんとにありがとうございました。91名もの参加者があり、大成功でした。このあと、カタログ作成、トズティー送付とまだ仕事が残りますが、よろしくお願いします。
それから、IAAとCCAA共催の中沢新一氏フォーラム「縄文と岡本太郎」も300名以上の満員御礼で、中沢氏の力を垣間見た。古い小学校の体育館はひとでいっぱいであった。(外部の人にとって、小学校という場は、どこかいい感じの気配を感じさせるようだ。)
出演は、中沢新一、赤坂憲雄、田中基、平野暁臣の各氏。日本文化の基層であるとする「縄文」と前衛芸術家「岡本太郎」をめぐって興味深い講演とシンポジウムがおこなわれた。
中沢氏は、岡本の「太陽の塔」と「大仏」建立の行基を比較対照させ、それぞれの時代の変化の切れ目に、縄文的な文化の基層を内在させる動きが出現したことについて語った。すかさず、赤坂氏は、「無意識のナショナリズム」に陥ってはならないとスリリングな応酬があった。
それにしても直感できるのは、岡本が、アカデミズムに背を向け、縄文的な文化を感性的に直覚し、仕事をなしたということだ。そのことは、まぎれもない稀有な事実であろう。
多摩美術大学・芸術人類学研究所(IAA)が、今後、CCAAに常駐するから、CCAAとIAAが、よい関係構築をつくることを期待したい。
二次会に出席し、最後にCCAAから一本締めならぬ、エールを送ることになったらしく、突然、鈴石先生が「辻君よろしく」と言ったので、なんと、体育会よろしく「フレー、フレーIAA・・・・」と叫ぶことになり、恥ずかしながら、叫んだのであった。(でも、いい声だった)最後に、中沢氏に都図研本『くるくるあーと』(パルコ出版)の執筆の礼を述べて、店を出た。
「ぐらっときて目が覚めた」・・・08/09/21(日)
土曜日は、1日中何度も寝てしまった。したことは黒沢明監督の『隠し砦の三悪人』をBSでみたこと。50年代の映画なのに古びることがない。
金曜日のトヨダ ヒトシさんの映写は、一回性によって、普遍的な感情を引き出しているとすると、この映画は、時代や社会の変化の中にあって、永遠に生き続けるような画像を見る者に提供しているように感じられた。映画の中の三船敏郎や姫は、今でも生き続けている。なんと不思議な感覚か。
ということで、日曜日は、午前2時に起きてしまい、APA(広告写真協会)から頼まれた授業の原稿を書き、研究局のHP連載の「題材集」に目を通した。若い研究局の皆さんも題材集2ラウンド目に入り、ずいぶん指導案を書きなれてきたようだ。こうした地道な活動の積み重ねから、自分らしい題材を見返す機会とするとともに、研究局の実践を紹介する場としていただきたい。
ということで、朝になり、目が血走ってきたので、ひと寝入りすると、ぐらぐらっと家が揺れて目が覚めた。地震である。NHKをつけるとスタジオもゆれていた。おちついたので、「ひつじ日和」を書くことにした。
というこことで、今日はCCAAで、中沢新一さんのフォーラムがある。13時30分から。それと夕方から、都図研60周年記念「ティーチャーズ・ワークス展」の搬出もある。ぜひご来場いただき研修の場としていただきたい。
「都図研城北大会&トヨダ ヒトシさんフォーラム」・・・08/09/20(土)
昨日は、練馬第三小学校で、城北大会研究会があった。城北は、板橋、練馬、足立、豊島、北の五区。各区の研究局が集まり協議を重ねた。
私からは、都図研大会の趣旨を述べさせていただいた。都図研大会は、都図研という都レベルの研究機関の主催する大会であり、本部や各地区からの代表者の理事で構成される理事研究会で、事業方針や運営方針が出され検討され、都図研大会や各種の事業の運営が決定していく。
都図研大会は、都図研総体の研究の発表される場である。現在、開催地区は8ブロックの輪番で回しており、来年は城北の板橋区、成増小学校でおこなわれる。
都図研の授業研究の位相は、各区の研究、ブロックの研究、都図研研究局の3つの位相を中心に構成されており、都図研大会は、こうしたものの発表の場と捉えている。大会をブロックに丸投げではなく、本部と連動する中で、運営実施をおこなっている。
ここからは個人的な考えだが、数十年にわたって、行われてきたブロック輪番は、安定的だが、8年ごとにしかブロックに大会が回ってこないし、また、ブロック内の地区数を考えると40年に一度ということもある。また、一度も大会を開催していない地区もまだある。
多くの図工専科の方が、運営や研究に携わり、研究や個々の意識を高めることが、図工の活性化や存続への力となっていくと考えられるが、いまだ一度も参加していない方もいるらしい。若手が若いうちに参加して、力を伸ばしていることを考えると時間の間隔が大きすぎるかもしれない。
図工教育を取り巻くさまざまな状態を考えると、都図研の各地区から研究参加できたり、本部には他の部局もまだあるので、発表できたりと、都図研大会の新しい機能のようなものもこれからは検討していかないといけない時期にきていると思われる。ただ、システムの永続性も担保しないといけないであろう。
城北研究会終了後、CCAAで開催されている「都図研創立60周年記念、ティーチャーズ・ワークス展」のフォーラムにでかけた。出演は写真を使ったアーティスト「トヨダ ヒトシ」さん。高橋副会長の司会で6時半に始まった。
図工室に白幕が張ってあり、まずは、「An Elephant’s Tail 〜ゾウノシッポ〜」と題された作品の映写が始まった。
音声なしで、スライドがたんたんと映し出されていく。映写機のカシャッという音とともにさまざまな場面がスクリーンに映し出されていく。なんともシンプルでいい感じだ。見ていると画面に吸い込まれていく。

クリックで拡大します。 ニューヨークでのトヨダさんの日常を映し出したヒトこまヒトこまが、目の前に現れては、消えていく。「私小説」のようだが、そこには、私たちが共有する生きることの「時間」への執拗な問いが浮かび上がってくるようであった。
ご本人も、静かというか、虚飾のない人柄である。多くを語らない語りのなかに、語ることは、むずかしいが、確かに私たちの日常に潜んでいるものを探り当てようとする意思を感じた。スライドとスライドの間の「黒」を見せたいという言葉は何とも示唆に富んでいる。
「機械」・・・08/09/19(金)
昨日は出張がなかったので、有楽町線を乗り継ぎ、おっかさんの病院にいった。腕の抜糸がすみ、腕から人工透析をするようになった。血管は、人工のものが埋め込んであり丈夫にしてある。はじめると3〜4時間かかるそうだ。
たくさんの人が、受けているそうで、中には十何年もおこなっている人がいる。全身の血液を機械が濾過する。これをしないと、死んでしまう。
先日、TVで、幼児の内臓をほぼすべて移植する番組をおこなっていた。この手術は、アメリカでしか受けられないそうで、しかも、1億数千万円かかる。母親は、必死でカンパを集め渡米する。しかしながら、移植の臓器を待つことは、なかなか深い意味を有する。
何故なら、自分の臓器が入手できたということは、自分以外の他者の死を意味するからだ。
科学がすすみ、医学が発達すると、命そのものの環境が変化してしまう。
「泣いた赤おに」・・・08/09/18(木)
時々、担任の先生から、授業用の資料の絵を頼まれる。今回は「泣いた赤おに」。教科書のイラストは、メルヘンタッチできれいなのだが、ストレートに情景の感じが伝わらないので、というのがその理由。
うまく描けるかどうかはわからないが、できるだけ協力しようとこころがけている。
それから、夜には、神保町で会議。会議室に「松井冬子」さんの版画プラスドローイングがかけてあった。さすが、美術系の会社である。ブレイクしている松井氏が、ブレイクする前に購入したのだそうだ。いま最も人気のある女性作家の特集は、いまでも注文がくるらしい。
明日は、CCAAで、「トヨダ ヒトシさん」のティチャーズワークス展の記念フォーラムが18時30分からある。ぜひご来場ください。
「贈与と交換の教育学」・・・08/09/17(水)
先日、柴崎裕先生から紹介いただいた本、矢野智司著『贈与と交換の教育学』(東京大学出版会)アマゾンで注文したら、次の日についた。なんというベンリさだろう。
私たちは、通常、研究会および自校において「指導法」「題材」などの具体的な方法論について検討しているが、本書は、柴崎さん曰く「教育のグランドデザイン」にかかわる言説、つまり、教育とはそもそも何なのかという問いに関する書物である。
私たちは、教育改革など、さまざまな「教育問題」に直面しているが、本書で、矢野氏はまず「もともと教育とは解決すべき問題などではなく、人生と同様、真摯に向かい合うべき生の問題」だとし、むしろ「問題を問題として産出する教育学的地平」を問題としてとらえている。
そして、やっかいなのは、私たちは、経験として「学校」を体験しているため、想像力を委縮させてしまっているとする。「先生」も「学校」も「授業形態」もたかだか百数十年前に近代西欧に生まれたものにすぎず、こうした近代的な経験の限界を超えるためには、「あらためて思考実験としての人間学的な想像力を駆使して、「教育の起源」から問い直すことが必要である」としている。
さらに、教育のはじまりを問う時、「そのとき立ち現れるのは、いっさいの見返りを求めない「純粋贈与」という一見すると教育とは無縁に見える出来事」であると述べるのである。
「贈与」とは、経済学的な概念だが、矢野氏は、「しかし、この純粋贈与は、有用性に支配された社会の原理を乗り超えて、社会化や発達という理論枠では決して見ることのできない、死、供犠、歓待、エロティシズムなど、「外部」と「内部」とに関わる人間の生成変容についての新たな地平を見いだすことを可能にしてくれる通路」であると主張する。
そして、分析対象は、通常の教育学的対象ではなく、「贈与と交換」にかかわる視点から、ニーチェ―ツアラトゥストラ、漱石―『こころ』の先生、ソクラテス・ブッダ、宮沢賢治―ジョバンニ・カンパネラ・・・・など「純粋贈与者の語り」が取り上げられている。
こうして「贈与と交換の観点から教育を問うことで、これまでの教育学の地平は、教育の諸問題を解決する地平ではなく、問題の語り方を問い直す地平へと転回する」と述べるのである。
さらに、「贈与と交換の主題」は、「道徳」や「倫理」の問題を射程に繰り込む。それらは、日々の授業の中に含まれる教育課題であり、「国民の義務」や「国民の道徳」にかかわる問題でもあるからだ。
矢野氏は、戦後の教育学や教育実践の前提を問い直す作業として本書を私たちに突き付けるのである。
現場の教師にとって、具象的な思考をこえた抽象的な思考を強いる書物であるが、「日々の実践が、成り立つ地平そのものを考えずに図工教育は、済まないでしょ。」と、柴崎先生はぼくに訴えていると感じたのであった。
「敬老の日」・・・08/09/16(火)
先週は、一週間、激務だったので、おっかさんの見舞いにいかなかった。8月末に入院して、まだ、病院にいる。ということで、久しぶりに見舞いに行った。
そろそろ退院らしいが、まだ医者からの通告はない。退院しても「人工透析」なので、週3日は、通院することになる。生きることは、たいへんだ。
都図研の諸君もたまには、田舎のかあちゃんに電話でもしたらどうだろうか。都会で遊び呆けてばかりいてはいけない。(えっつ、とっくに電話したって。さすがですね。)
「第12回図工だいすき子ども美術展・秋展」・・・08/09/15(月)
昨日は、青山の「こどもの城」に、CCAA主催のこども美術展にでかけた。
今年から、中堅・若手の秋展とベテランの冬展の2回制となった。秋展は、いつものように元気な展覧会である。この展覧会は、会員が、自腹を切り、勤務時間外で活動する自主研究・研修の場である。(自主的な任意団体は、出張できないし、そんなことはしていない。だから、休日に活動している。)
イベントとして、奥村高明先生の「ギャラリー・トーク」の会があり、たくさんの先生方や一般の方が集まった。
奥村先生曰く、「鑑賞の造形遊び化」だそうだ。昔ながらの単に知識を注入するだけではなく、鑑賞を通して子どもがそこに意味を生み出していくプロセスが大事だ。なるほど、材料や操作の方法論が異なるだけで、基本的には、造形遊びのように、ギャラリートークを通して、子どもが、そこに何かを発見したり、確認したりしながら、意味をみつけだしていくことを重視しているのだ。
これだけ多くの皆さんに参加していただくことは、図工の指導力を向上させていくことに寄与していると考えられるのだ。元来、日本の教師力は、こうした現場教師の自主的な努力によって保たれてきたのである。

三つの作品を対象に、奥村先生は、言葉巧みに、先生方の感想や意見を引き出し、鑑賞活動をおこなった。実は、さりげなく当たり前におこなっているが、これはかなり巧みな指導である。そうした語りや指導を体験できたこと自体が、たいへん価値のあることである。みなさんはここから、各自の学校現場で応用していくことになる。自分なりの方法や実践を自分で生み出していけばいいのである。
また、この展覧会は来館の子どもを対象として「ワークショップ」をおこなっている。今回は、絵本作家の「むらかみひとみ」さんをお迎えして、スタンピングの絵本を製作していた。
受付でむらかみさんの絵本を購入し、サインをいただいた。フランス語の絵本で、おしゃれでなかなかカワイイ。
「都図研60周年記念教員展いよいよオープン」・・・08/09/14(日)
昨日は、作品ができなかったので、少し遅刻した。到着すると、先生方でごったがえしていた。すごい熱気だ。91名の参加者で、やはり図工の先生たちは、表現することが好きでたまらないといった感覚がリアルに伝わってくる。
91歳の木村林吉先生から、新採まで、さらに、奥村先生をはじめとする招待出品の先生方の作品が、一同に会した。これも創立60年を数える都図研ならではの歴史の厚みであろう。また参加者には「都図研記念Tシャツ」(通称:トズティ)の記念品までついている。
因みに、奥村先生の作品は、「ソニー・ロリンズ」。ポスターを掛け軸にしたもの。その他の先生方の作品も多種多様だ。実に、作品は、人柄を表わす。
5時からはオープニングパーティ。30〜40名の方が参加し、交流を深めた。
展覧会担当の高橋副会長、鈴木副会長、事務局の中島先生、島田先生、田村先生には、たいへんな作業ありがとうございました。
「都図研60周年記念教員展、観念と目前のもの」・・・08/09/13(土)
ああ今日は、ティーチャーズワークス展の搬入だ。午前1時から、やっているがまだできない。5時半だというのに、行ったり来たりである。(11時搬入,もうちょっとだな・・・)
ものをつくっていると、つくるこちら側の思惑とものと向かい合いながら姿を現すものの間に、ずれが生まれてくる。観念を修正しつつ、また、制作を修正しつつ、行きつ戻りつであるが、時々、観念の間から、ぷつぷつと飛び出てくるものがあり、やっかいだ。
ぼくは、無意識の表出をいっきにふところに抱いてしまうほど、巨匠ではない。
「都図研60周年記念教員展」・・・08/09/12(金)
明日は、11時からCCAAで「ティーチャーズワークス展」の搬入で、夜からオープニングがあるが、肝心の作品ができない。やばいなあ。時間がない。みなさん、できたのだろうか?
「東京国立近代美術館工芸館・文京区図工部会研修会」・・・08/09/11(木)
昨日は、工芸館で、文京区図工部会の研修会があった。8月に都図研でもおこなったが、各区市町村レベルの図工研究会でも研修に活用するといいのではないか。
工芸館の今井さん、斎藤さんの丁寧な対応で、楽しい研修会となった。「タッチ・アンド・トーク」を行った後、ギャラリートークをしていただいた。はじめての先生も多かったので、概要を体験することが主に行われたが、さらに、機会があったら、子どもの鑑賞と具体的に関連させた研究活動を展開しても面白いと思われた。
また、区内の小学校では、「三菱ふそう」のメセナ活動の「バス」にあたったので、工芸館に子ども70人を連れてくるそうである。「三菱ふそう」さんは、今年も提供していただいており、ありがたい。なかなか抽選がむずかしそうであるが、利用できれば、子どもの鑑賞活動は拡大する。
「都図研理事研究会」・・・08/09/10(水)
昨日は、足立区大谷田小学校(高橋香苗副会長)で、9月の定例理事研究会があった。まだ、残暑が残るなか、約60名の参加者があった。
以前は、毎月あった理事研究会が、4・5年前に隔月になった。公務の多忙化が主な理由だが、理事会の内容はかなり盛りだくさんで濃いものである。てきぱきとご発言いただき、ほぼ時間内に会議を終了できている。
研究局の発表が毎回ある。今回は、大畑先生と山田先生、岡田研究局長。大畑先生と山田先生は、朴とつで、実感のある話しぶりがいい感じだ。また、それぞれの部局から各事業について報告や連絡があった。
各地区理事の先生方には、お手数だが、各地域に戻って、資料や会の内容を連絡いただけると、都図研会員に都図研の活動が周知できる。よろしくお願いしたい。
「ものづくり人材育成プログラム検討委員会作業部会」・・・08/09/09(火)
昨日は、都庁に「ものづくりの委員会」に出た。全部で4回あり最終回となった。これは、高等学校教育指導課の開催するもので、主として工業科のものづくりを活性化するプログラムで、私たちの分科会は、小中高の研修プログラムにかかわるものであった。図工、理科、技術科の専門の先生方呼ばれて、図工では、都図研の関係で、私が呼ばれている。中学の美術は、呼ばれていないので、図工は、技術を含んだ教科だと、了解されていることがわかる。
株の売り買いや買収で何億円も稼ぐ世界が、現在の資本主義的な世界の様相であるが、「ものをつくる」活動の創意や技術は、簡単には、なしえない。蓄積というか、それらを育もうとする文化のようなものがないと育たない。
帰り道、都議会前の広場で、「大道芸」をやっていた。確か、東京都は、「免許制」で、いろいろなストリート芸人が、よくイベントを路上や公園で行っている。ぼくもホーボーのように唄って世界を放浪していくのが夢だった。
「ホテイ草の花」・・・08/09/08(月)
日曜日、朝4時につぼみだったホテイ草。今回は3つ咲きそうだ。忘れた頃に花をつける。そして・・・7時には、立派に花開いていた。すぐにしぼんでしまうが、薄い藤色は、清楚な感じがする。
ウィキペディアで調べてみると以下の記述があった。
花が美しい水草なので、日本には明治時代に観賞用に持ち込まれたものである。路地での金魚飼育などの場合、夏の日陰を作るのによく、またその根が金魚の産卵用に使えるので便利である。水面に浮かぶので、水槽での栽培には用いられない。
世界の熱帯・亜熱帯域に帰化し、日本では、本州中部以南のあちこちで野生化している。寒さに弱く、冬はほとんど枯れるのだが、一部の株がわずかに生き延びれば、翌年には再び大繁殖する。繁殖力が強く、肥料分の多い水域では、あっという間に水面を覆い尽くし、水の流れを滞らせ、水上輸送の妨げとなり、また漁業にも影響を与えるなど日本のみならず世界中で問題となっている。冬季に大量に生じる枯死植物体も、腐敗して環境に悪影響を与える。 そのため、国際自然保護連合(IUCN)種の保全委員会が作成した 「世界の外来侵入種ワースト100」(100 of the World's Worst Invasive Alien Species)[1] に選ばれている。
また、水面を覆い尽くすことから、在来の水草を競争で排除する事態や水生動物への影響も懸念される。また、アレロパシーも有する。
逆に、その繁殖力を生かして、水中の窒素分などをこの植物に吸収させることを目指して、水質浄化のために利用しようとの試みもあるが、多くの場合、繁殖した植物体をかき集めて処理する手間がかかるために永続性に欠け、水域に投入しただけで環境に良い事をしたつもりになって放置しているケースも目立つ。むしろ、いくら閉じこめたつもりでも、少しでも外に出れば大きな問題を引き起こすような外来種を、水質浄化など、環境対策として用いることは環境浄化の方法として好ましくないと、多くの専門家が批判している。
にもかかわらず、そのような問題に意識を持たない人たちによって、いらなくなったホテイアオイが川や池に捨てられる例も多い。ビオトープ施設でも、環境によい植物とみなしてホテイアオイを入れている場所がいくつもある。外来種の扱いに対する意識は、まだまだ希薄であると言って良い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ホテイアオイ
なんと、先ほどの情緒的な感想とは別に、結構問題の多い植物らしい。南アメリカ原産で「世界の外来侵入種ワースト100」に選ばれているではないか。
確かに、すごい繁殖力で、家でも、増えすぎてこまるくらいなのだ。
最近は、「毒蛇」事件など、生態系を無視した動物の飼育やブラックバスの繁殖の問題などもみられるのであるが、文化も食べ物も、植物も、動物も、微生物も・・・・在来のもの以外のものであふれているのが現在の世界なのであろう。
「図工だいすき子ども美術展秋展・こどもの城」・・・08/09/07(日)
昨日は、こどもの城で「図工だいすきこども美術展秋展」の搬入がありおじゃました。今年は、すっかり様相が変わり、若い世代の先生方にメンバーが移行した。
この展覧会は、もともと鈴石先生の発案で、H10年に、図工の時間数削減にともなって、危機感をもったことに発している。
はじめは、六本木にあった「ストライプハウス美術館」次に「ギャラリーTOM」、そして、「こどもの城」の共催をいただき毎年行うようになった。
10年たつが、世間への図工のよさの喧伝に加え、もうひとつ、大切なことが今日ぼくには了解された。
それは、若い先生方が、ものすごく成長していることだ。今年から、CCAAでの「冬展」も計画され、ベテランはそっちに移行した。よって、今回の展示は、バリバリの中堅と若い先生方である。搬入会場の雰囲気は、いきいきとしていた。それにテキパキとよく動く。そして、実践も、ある水準に達しているように思えた。
人が入れ替わってもも、子どもに対する指導や考えが、世代を超えて、伝わっているのがよくわかった。ある共通の価値を有する集団のなかで、主体的な意志で一緒に活動していると、そこに所属するものは、自ら、意識的あるいは、無意識的にそうした考えを身につけていく。「図工だいすきこども美術展」は、そうした「場」でもあるのである。
これは、「研修」というような言葉で述べるよりも、「図工教師文化の伝承」という言い方の方があっているように思う。
図工教員を「職人」に例えれば、まさに職人的な世界がそこにある。職人の習熟した技能は、「大学」や「伝達講習」などの機械的制度、枠組みでは、けっして育てられない。
「やきもの・東京都造形教育協議会」・・・08/09/06(土)
いま、せっせと焼き物を焼いている。が、なんともアツイのであった。汗だくである。本校のガス窯は、まるで、A・キーファーの絵に出てくるような焼き場?の窯のようで、たいへん古く、ものが少ししか入らないばかりか、火の調整が、微妙にできない。だから、時々、「パン」と音が鳴ったりする。(作品が破裂している。恐ろしい)。
8クラス、300個ほどの焼き物は、15回以上は焼かないとできあがらない。朝7時に火を入れ、3時頃止めて、冷まし、朝、窯出しし、また作品を入れて、火をつけるのだが、Tシャツはあっという間に、汗みどろになる。「素焼」なので、まだいいが、うわぐすりをつけると、さらに大変になる。大きな「電気釜がほしい!」。
子どもが廊下を通るたびに「もう焼けた」と言われる。早く、焼かなくちゃ。
夜になって、「東京都造形教育協議会」が、中野第三中学校であった。通称、「都造協」。東京の学校種別の連携を図り、関ブロや全造連の運営に大きな役割をもつ会であるが、日本の造形教育の連携できない矛盾もそこには、かいま見ることができる。
実質的には、中学校と小学校でお金を出して運営している。高等学校やその他の学校種は、ほとんど参加していない。(あるいは、個人的に参加している)
高等学校は、全国組織が別にあり、いつ頃のことか詳細は不明だが、全造連とは、袂を分かち、独立した組織になったので、都の高校の上部団体は、全造連(都造協)ではないので、参加できないというのである。それは、組織としての機関決定なのだという。
ぼくが、教師になってこの方、30年間、高校は、参加していないわけだが、30年というのは、ずいぶんな時間だ。「卵が先か、鶏が先か」みたいな創設当初のセクト主義が、いまだ亡霊のように息づいている。
(それでも造形教育を活性化したいと願い人たちの努力で、関ブロや全造が、これまで維持できてきたことは、評価すべきであろう)。
また、指導要領24年完全実施で、選択が美術の授業を組み込まなくなるので、中学校の専任美術教員は、壊滅的な打撃を受ける。ほとんどいなくなるのではないか?ここから、また、いろいろな現象や制度的なかたちが変化していくことが予想される。(たとえば、もしかして、「小中連携」というのは、内容ではなく、教員のかけもちを意味しているのかもしれないのである)。
今日は、午後「図工大好きこども美術展・秋展」の搬入が「こどもの城」である。この展覧会は、「図工の授業時数」が「削減」されたことを危機に感じたことに端を発している。有志が出資して企画運営し、世間に、図工のよさを発信していこうとするものである。そこにはこの方10年の努力がある。
「さよならパーティ」・・・08/09/05(金)
学校がひけてから、半蔵門に出かけた。しかし、英語ができないのは、なんとも国際交流には、役立たない。(若い人は、まじ、英語を勉強しておきましょう。耳が悪くならないうちに!)今回は、通訳の人がそばにいたので、少しは会話できた。
例えば、ドイツでも日本の「アニメ」や「マンガ」は有名で、アメリカやフランスの「コミック」という言葉とは、独立して、「マンガ」という言葉が、流通しているらしい,とか。
ドイツも日本と同じで、「PISAショック」で、芸術教育が、追いやられる傾向にあるらしい,とか。
芸術は、世界のどこにいっても、「市場経済至上主義」のなかでは、劣勢を余儀なくされる?
こんな状況のなかで、個別的に、海外とネットワークを結び、交流することも重要ではないか。情報交換をし、美術教育の拡張と連携を図ることは、美術教育を広げていくことに役立つかもしれない。世界的なネットワークを張ることは、都図研次世代の課題であろう。と、英語もろくにできないおじさんは思うのであった。
「めまぐるしくなる」・・・08/09/04(木)
新学期がはじまると、授業、校務分掌、研究会の仕事・・・・と、堰を切ったように動き出す。
「宿題」を少しさぼっていたりすると、それが加算されて、めまぐるしくなる。
今日は、ドイツの美術教育の留学の皆さんが帰る日になり、「さよならパーティ」に出てくれと連絡が入ってきた。夜、でかけないといけなくなった。写真は、いただいたドイツの美術教育の資料。
「人工透析」・・・08/09/03(水)
昨日は、出張がなかったので、学校で「教科書」の「後期用の書類」と「前期の転入の書類」を作成し、教育委員会に送付したあと、5時半に学校を出て、母親の病院にいった。教育課程検討委員会の皆様に、多大なご迷惑をおかけした一軒であるが、現在まだ、入院中である。
腎臓が悪いので、「人工透析」をすることになった。昨日は、午前中に、腕に透析のための管を入れたそうだ。管が硬くなると腕から透析する。あと2週間は、入院らしい。
特に行っても話すことはないので、座っていると勝手にしゃべっている。
「福田さんもたいへんだ。歳だしね。よくやるよ。でも、みんなから、ほめられないね」
「まあ、みんなこうやって死んでいくんだな」
「医者はすごいね。若いのによくこんな手術できるな」
「うちの子は、誰も医者にならなかったな。みんな出来が悪い」
「4時になるとおなかが減る。おせんべ買ってきておきて」
とまあ、こんな感じで勝手にしゃべっている。30分して、「ほんじゃ」と病院を後にした。
「動き出した二学期」・・・08/09/02(火)
昨日は、CCAAで編集会議が19時よりあった。先週から、続けてCCAAにおじゃましている。なんか妙な感じである。鈴石先生は、土日も関係なく、毎日、来ているので、曜日に感覚がないと言っていた。なんともよく働くひとである。
二学期がはじまりいろいろな会議が、動きだした。「日独美術教育指導者交流会」「東京都造形教育協議会」「図工だいすきこども美術展」「ものづくり委員会」「都図研理事研究会」「区小研」「研究局」「都図研60周年記念展覧会」「役員会」「子ども美術展奥村先生ギャラリートーク」・・・来週の日曜日までめいっぱいである。
「金魚など」・・・08/09/01(月)
昨日は、朝3時頃、包刀先生から、「都図研ニュース」の原稿が送られてきて、校正をして再送付したあと、またしてもぐっすり眠ってしまった。
「都図研ニュース」は。6ページもあり、なかなか充実した編集となっている。これだけのものをつくりあげるのは、一苦労である。広報局の皆さんの努力を感じる。また、HPも、菅原先生が、レイアウトや色の構成など頻繁に、工夫していて、ありがたい。(ほんと、見ない、知らないでは、すまされない。)
それから、南育子副会長が、仙台の映画祭にコメンテーターとして参加してきた。映画、映像も現在のヴィジュアルカルチャーとして重要な分野であろう。今後、図工教育とリンクしていくようになるであろう。
昼は、母親が入院中なので、見舞いに行き、帰りに「金魚」を買った。先日、「益子」で買った壺に水をはっておいたので、金魚を入れた。「金魚の絵」というとアンリ・マティスの絵を思い出すが、ぼくも「金魚の絵」がかいてみたいと、ふと思った。
いよいよ二学期がはじまる。


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