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都図研は今年60周年

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「都図研研究局会・横内先生のお話」・・・09/2/28(土)

image003.png 昨日は、新宿の愛日小学校(柴田先生)で研究局会があり、参加した。本年度もいよいよ最終コーナーだが、研究局の皆さんは、積極的に参加し、活躍いただいた。
公開研究授業2回、局内研究授業、夏季美術館連携鑑賞研究研修会、都図研西多摩大会、60周年記念公開授業、活動報告書作成、題材集、InSEA大会など多くの事業で中心になって活動した。
都図研研究局の活動は、研究をおこなう場ではあるが、それが同時に、「運動」でもあることが、その独自性でもある。たんに研究をおこなうところであれば、それぞれの研修として個人還元されるだけであるが、都図研研究局の実施することは、図工教育全体の方法や内容、方向性を示唆する運動として位置付けられる。つまり、活動自体が都図研内外の注目や批判の対象となっているのである。
そうした生きた活動体である研究局の中心で活躍するのは、多くの新世代の先生方である。生々しい個々の現場、教室から出発し、それを実践や理論として集約し、投げ返していく活動そのものが、図工の新しい局面を切り開いていく。それは、個々の先生にとっても、図工教育にとっても、とても大切なことだ。

 話はずれるかもしれないが、ぼくが子どもの頃「ぬかみそ」を家で漬けていたことがあって、ぼくは、その当番であった。「ぬかみそ」は、毎日かきまわさないと腐ってしまうのであった。つまり、新しい空気を取り入れることによって、組織も個人も活性化していかないと、腐ってしまうのだ。
・・・・・・・と、ぼくは、横内先生のお話を聞いていて感じたのであった。いつものように、丹念な資料を「徹夜」で用意しての講演であった。
表面的な方法論に陥らないように、その活動に意味や文脈をとらえ、あくまで、その中心に子どもを据えた活動を展開してきた都図研研究局発足以来の歴史を振り返り、意味づけながらの貴重な話であった。(誰も都図研の研究活動を集約・分析したひとはいないので、横内先生は、歴史上初の都図研研究者となった。アーカイブはCCAAにたくさん眠っている。)
みぞれの降るたいへん寒い日であったが、けっこうアツい息吹を吹き込まれた横内先生のお話と研究局会であった。来年度もがんばりましょう。
今日は、「谷川俊太郎詩の絵本の編集会議」と「伝統文化(CCAA)」のダブルヘッダー。

「2009年都図研・美術館連携鑑賞研究・研修会」・・・09/2/27(金)

image002-3.jpg 最近は、「鑑賞研究」がトピックになっているが、都図研でも来年度、第6回目の鑑賞教育研究会を開催予定である。(この研究会は03年度に西洋美術館と近代美術館の連携ではじまった。)
 昨日、「東京都現代美術館」で、打ち合わせ会議があった。(駅を降りると下町っぽくてなんかいい感じですぞ。佃煮がうまそうなかんじ)。今年は、6月に2回研究会を開催し、第1日目は、研修会、第2日目は、研究授業という大枠でおこなうことになった。
岡田先生、大畑先生、南先生が参加し、学芸員の郷さん、一條さん、今井さん、齋藤さんらと話し合いをした。
 昨年は、はじめての「工芸」であったが、今度は、はじめての「現代美術」である。(あまり既成概念をもってはいけませんね。昨年の「工芸館」はとても面白かったです。)どんな研究会になるか楽しみである。4月か5月頃、募集をかけるので、HPなどお見逃しなく。

「谷川さんのTVニュース???」・・・09/2/26(木)

image002-1.jpg 担任の先生から、谷川さんと子どもの詩の本のことが、TVにでてましたね。という話があったので、そうなんです。現在、編集中で5月に発刊する予定なのですと話した。
 この話は、全然知らなかったので、メールで聞いたら、本間先生が、そのニュースをみていて、「あれは、子どもを撮った写真に谷川さんが詩をつけている本でぜんぜん違う本」と教えてくれた。
 家に帰ってから、ネットで調べてみると・・・・『子どもたちの遺言』(谷川俊太郎・詩、田淵章三・写真)だった。

生まれたよ ぼく
やっとここにやってきた
まだ眼は開いていないけど
まだ耳も聞こえないけど
ぼくは知ってる
ここがどんなにすばらしいところか
だから邪魔しないでください
ぼくが笑うのを ぼくが泣くのを
ぼくが誰かを好きになるのを
ぼくが幸せになるのを

いつかぼくが
ここから出て行くときのために
いまから遺言する
山はいつまでも高くそびえていてほしい
海はいつまでも深くたたえていてほしい
空はいつまでも青く澄んでいてほしい
そして人はここにやってきた日のことを
忘れずにいてほしい

という印象的な詩が載っている。

さらに、ネットで調べていると、「ほぼ日刊イトイ新聞」で、糸井重里氏と谷川俊太郎さんが対談していた。肉声も聞けて面白い。「谷川俊太郎、kissなどを語る。」
http://www.1101.com/tanikawa/

都図研と谷川さんの絵本は、現在、編集・デザイン中で、今度の土曜日に編集会議がある。すごい素敵な詩の絵本になりそうだ。5月にぜひとも発刊したい。

「行為としての読書(鑑賞)」・・・09/2/25(水)

文学作品をテクストとしてみると、その「場」の中に「作者」—「作品」—「読者」というようなものを見取ることができる。伝記的・実証的な批評は、「作者」に重心をおき、「作品」に重心をおくのは、ロシア・フォルマリスムなどがある。「読者」を重視するのは「受容理論」で、邦訳されたものに、W・イーザー『行為としての読書』(岩波書店、1998)がある。受容理論は、コミュニケーション論でもある。
「作者」—「作品」—「読者」を図工教育にあてはめてみると、作者は「子ども」。作品は「表現」。読者は「鑑賞」というように振り分けることが可能かもしれない。
さらに、これを拡張すると「創造美育」などは、子どもの創造性や心理を重視したので、「作者(子ども)」に位置する。技能やモダンテクニックを重視したのは、「造形センター」。さらに、この間の鑑賞研の発表などは「読者(鑑賞)」というように考えられなくもない。
ちょうど歴史的な展開の時間軸にも符合している。
 けれども、子ども(作者)と表現(作品)と鑑賞(読者)は、複雑に関係し合っている。これを単純明快に、区分けしてしまっては、どこか不都合が生じるだろう。どこから、語りはじめてもいいが、どこかに、他の視点との関係が含意されていないととんだ意見となってしまうだろう。

「風邪っす!」・・・09/2/24(火)

image002.jpg月曜日は、マジ、風邪でした。久しぶりに病院にいった。母親が世話になっていた内科にいった。受付で「初めてですか?」「2,3年前にきています」と僕。しばらくして受付の向こうで「6年前じゃないの!」という声が聞こえた。記憶というのは、曖昧だ。「鼻水」の薬はもらわなかった。眠くなるそうだ。皆様も健康にご留意くださいませ。

「対話による意味生成的な美術鑑賞教育の開発報告会2日目あんどH20都図研活動報告書」・・・09/2/23(月)

image002.jpg○昨日は、朝起きたら、風邪がいっそうひどくなっていた。熱はないが、声が、がらがらである。500円台のドリンクを飲んで文科省にむかった。(まだ、800円、2000円には手をだしていない。)

○文科省の玄関先に「さざれ石」があった。小石が、石灰で、固まって、岩になったものらしい。

○鑑賞研の2日目の発表。午前中の上野先生の「鑑賞」の最近の流行りは、たんに外国の方法論をもってきたのではなく、日本にそうした土壌が形成されていて、今日の展開をみているのだ、という主張は、興味深かった。文芸批評など他領域への視野も必要かな。

image004.jpg○お昼は、岡田先生、大畑先生、南先生、柴田先生と近くのカフェにいった。今日の夜、玉置先生に活動報告の原稿を届ける話になったら、「板橋区に住みたくないね」「なんで?」「だって辻先生が仕事もってくるから」・・・・・・かなり悪い冗談ではないでしょうか?

○でも、今年度は、みんなマジ一生懸命に活動しましたね。ありがたや!

○午後は、アレナスさんの講演とワークショップ。しかし、講演は途中で、寝てしまった。ワークショップは、目が覚めた。(自分の思考を働かさない場合、寝てしまいます)。ワークショップは、スライドをみて、思ったことを参加者に発言させるもの。ここでは、意識が活性化して、対象をよくみて、考えている自分がいた。

image006.jpg○でも、「対話型」といっても、過剰に反応しないで、さまざまな方法論の一つとして考え、「鑑賞」と「表現」は、切り離して考えない方がいいですね。

○家に帰って、光が丘の玉置先生のところまで、校正原稿を届けて、近くの「マック」で30分ほど打ち合わせた。「H20年度東京都図画工作研究会活動報告書」の編集である。「60周年記念誌」に続き、玉置先生が、渾身の編集作業をしてくれている。日曜日の夜の家族団らんの時間に行くなんて、ご家族の皆様申し訳ございません。
(「ほらね」とO先生の声がした。)

「対話による意味生成的な美術鑑賞教育の開発報告会」・・・09/2/22(日)

image004.jpg○土曜日は、文部科学省の講堂で、「報告会」があった。幼児、小学校、中学校、美術館の全国各地からの取り組みの発表があった。どちらかというとここに集結したメンバーは、旧来の組織的な活動家ではなく、フットワークの軽い実践家の集団といった感じで、図工・美術教育の因習的な雰囲気を打破しようとする意欲を感じた。

image002-3.jpg○発表のなかで、「都図研」という名前が2回ほど出たり、近代美術館の一条さんの映像の中に、玉置先生の姿が映し出されたりと、都図研の影響力のようなものを感じたりもしたのであった。

○夜は、むかいのレストランでレセプションがあった。たくさんの人が参加して、賑わっていた。
 今日、講演する対話型鑑賞の一人者、アメリア・アレナスさんも、パーティに参加され、たくさんのひとに囲まれていた。
image006.jpg せっかくなので、本間理事長とあいさつにいった。本間さんは英語OKなので、自分で話していたが、ぼくは、英語NOなので、通訳さんに通訳してもらった。彼女は、スモカーなので、喫煙室にいると来たのでまた話したら、
 「あんたたち二人は、ギャングだな」とアメリアさんが言うので「YES。現場教師は、ギャングで、都図研は、マフィアだ」と答えた。そう言えば、昔から、都図研には、「ヤクザなおじさん」がいっぱいいたが、今は、ほぼ絶滅してしまった。

image008-1.jpg○最後に、あいさつしなさいと言われたので、椅子に乗って少し話をしたら、どういうわけか?「エール」をしてしまった。「フレーフレー図工」って感じだ。なんかよくわからないが、みんなほとんど酔っ払っているので、こんな「芸」のほうが、いいのかも知れない。今日は、10時から、二日目がある。 

「ついに風邪が・・・」・・・09/2/21(土)

○金曜日の朝は、ついに風邪がやってきた。まだ、幸い熱はでていない。「秘密兵器」(栄養剤)をコンビニで飲んで、出かけた。(いつもより高いやつ)。おまけに、携帯を持っていくのを忘れてしまった。

○誠之小学校の研究発表会があった。300人超の参観者があった。講演会は、「岡修三」さんという児童文学者。都立養護学校で25年間教師を務めたそうで、話は、たいへんわかりやすかった。

image002-1.jpg○研究会の打ち上げは、不参加で、家に帰ってすぐに寝た。平積みされた本の上で「金子光晴」が、じっとにらんでいた。

○今日は、朝、1時頃に目が覚めてしまい「ひびのこづえ」さんの記録を校正していたら5時になってしまった。

○今日は文科省で、第4回美術鑑賞教育フォーラム科研「対話による意味生成的な美術鑑賞教育の開発」報告会がある。

「都展4万586名!の参観者」・・・09/2/20(金)

image003.png 昨日は、上野の東京都美術館で、「公立学校美術展」(都展)の搬出があった。
2時半から作業であったが、2時頃から先生方が集まりはじめ、開始時間とともにガンガン片づけ始めた。

 横内先生なども見かけたが、美女と何やら密談していた。(笑)搬入は、たいへん手間がかかるが、片づけは、あっという間である。
 皆さんが、片づけ、搬出し、出品証を取りにきて、業者が、地区表示を外し、もろもろの物品を整理、梱包して、だいたいの終了となる。
 伊藤先生が、参観総計者数を計算していた。なんども、計算し直して、でてきたのが、「40,586人」。すごい数である。例年は、25,000〜30,000だが、それをはるかに超えていた。
 土曜日の入場者数は、群を抜いて多かったようだ。天気がよく,あたたかかったせいもあるだろうが、都展自体が、皆さんの努力で、浸透しつつある成果かもしれない。
 これだけの動員数は、都の事業としても、予算に比すれば、かなり効率のよい成果と言えるのではないだろうか。松永先生(都指導主事)のデビューとしてもたいへんよかったと思う。東京都には、現在、図工・美術関係の指導主事は、2人(3人?)しかいない。図工教育を推し進めていくには、官・民の連携が必要であろう。
 各地区の図工・美術の先生方、そして、都図研の都展担当の伊藤事業局長、遠田副会長、本間理事長もお疲れ様でした。

「ABU展」・・・09/2/19(木)

image003.png○昨日は「ABU展」のオープニングがあった。大道先生に誠之小に立ち寄ってもらい、「鉄のアブ」をもって、オープニングにいった。
皆さんが乾杯する中、画鋲で、ボロ雑巾のような作品を画鋲でとめた。このアブ展は、28回目なので、28年前から、続くものだ。つくる楽しさ(難しさも)というものは、実は図工専科の大きな下地をつくるものである。

 図工の教育の部分と自らが表現する部分をリンクさせるところに、「図工の専門性」がある。
楚良先生たち「教師道場」のひとたちも来てくれた。ちょうど、文京区で「道場」の発表があったそうだ。明日は町田で伊藤先生が授業をするそうである。

○今日は、いよいよ都展の搬出がある。一週間は早い。反省会は、例の中華屋さん。今年は何人くらいの参観者があっただろう。安全に気をつけ作業されたい。

○風邪が忍び寄って、体力と掛け合いをしている感じ。なんとか、風邪をひかないようにしたいものだが。 

「燃える東京あんどポカ」・・・09/2/18(水)

image002.jpg○夕方の図工室からの眺め。夕日がビルに反射して、まるで、東京の悲しみが燃えているみたいだ。

○6時過ぎ職員室のPCで、「学校評価」のまとめをしていたら、榎本先生からメールが入った。「えっつ、今日は、図工部員展の搬入!7時までやってますが、これますか?OH!NO!」土曜日と勘違いしていた。また、ポカだ。明日はオープニングなので、その時、搬入することにした。やっぱり、ボケている。それに預かっている「アブ」の鉄のオヴジェも持っていかないと。(文京区の図工部員展は、「アブ展」というニックネーム。故川田先生作の鉄のオブジェがマスコット。何十年も昔から続いている)。

○明日は、都展の搬出がある。今年は何人の参観者があったかな?例年は二万五千人くらい。都美術館の短い会期では最高を誇る。

○金曜日は、誠之小の国語の研究発表会がある。文京区は、大学がいっぱいあったり、文学者がいっぱい居住していたりという場所なので「文の京」(ふみのみやこ)というキャッチフレーズがある。赴任にしたての頃、「ぶんのきょう」と読んだら、注意された。(笑)

「3学期半分終了」・・・09/2/17(火)

○3学期が半分終了した。あと5週間かな?残りは。あっという間に過ぎるが、やることもたくさんある。

○岩井さんの番組をみようと、30分前にTVの前に寝ころんで準備をしたら・・・・寝てしまった。OH!NO!誰か録画が貸してください!本間理事長もNHKで解説出演する。

○今週は木曜日に都展の搬出がある。皆さん、焦らす作業ください。

○土曜日、日曜日には、「対話による意味生成的な美術鑑賞教育の開発」報告会が、文部科学省である。アメリア・アレナスの講演もある。

○文京区の部員展も土曜日からある。「ABU展」といって、鉄で作ったアブの彫刻(故川田先生・作)が、マスコットになっている。

○その他当面の作業。H21美術館連携鑑賞研会議。研究局会。谷川絵本編集会議。科学研究費伝統文研究会。平成20年度都図研活動報告書作成。都造形教育協議会。3月理事研究会・総会。教育課程検討委員会。役員会。世界児童画展あんど世界こども図画コンテスト表彰式。最後に「∞のこどもたち」シンポジウム、3月29日(日)日本科学未来館で、占めとなる。
まだまだいろいろありますね。担当の皆さんよろしくお願いします。

「さんぽ花日和・コンゴの布」・・・09/2/16(月)

image003.png ああ、久しぶりに日曜日がやってきた。いつものように朝早く起きたが、断続的に寝てしまい、午後1時すぎまで眠ってしまった。だいたいぼくのようなおっさんは、5時間ぐらいたつと眼がさめてしまうのだ。元気な若者のようにいつまでも寝ていられないのだ。(これは、おっさんと若者のちがいのバロメーターだと思う。寝るには体力がいる。)
昼過ぎから散歩にでた。もといた上板橋第二小学校の横を抜け、江古田まで久しぶりに歩いた。
家並みや路地裏は面白い。そこには、小さな発見がいろいろある。
春一番も吹き、だんだんと空気がゆるんできている。庭先には、梅や椿の花が咲いている。木蓮もつぼみが膨らんできている。例年、卒業式に、真っ白な花を咲かせていたが、この調子だと、卒業式前に咲いてしまいそうだ。江古田駅のそばのカフェで遅いランチをとり、久しぶりに小さな「骨董屋」にいった。
image006.png「コンゴの布」が目を引いた。骨董屋のおにいちゃんに聞くと「ラフィア布」というものらしい。ヤシの木の樹皮を織ってできていて、白黒のツートンで、刺繍がほどこしてある。単純な幾何学模様だが、温かくて、なんだか、コミカルな感じがする。端正で、ウェットではないところがいい。(もちろん、値切った!)
 昨日のK先生の話ではないが、パウル・クレーやピカソなども、こうしたアフリカのアート(近代芸術という意味ではない)を引用しているのだろう。

ちなみに、ネットで調べていたら次のような解説があった。

アフリカで最も早い時期に始まったと考えられている織物。ラフィアヤシの葉の繊維を糸として垂直機を用いて織る。織り上げた布には染色、刺繍、アップリケなどを施す。
 かつてはラフィアヤシの分布する地域で広く製作されていたと考えられているが、木綿布の製作技術の普及に伴いその製作はすたれていった。現代までその技術が伝えられてきたのはナイジェリア、カメルーン、コンゴ民主共和国などであり、コンゴのバクバの作るラフィア布は有名である。
 ラフィア布を柔らかくするために臼でついたり砧で打ったりしたときにできる穴をふさぐため、これらの地域ではアップリケの技術が発達した。

(http://www.azalai-japon.com/lexique/r.html#rafia)

 ・・・・というわけで、休みは「楽しい」。

「伝統文化教材開発・海外へ転勤など」・・・09/2/15(日) 

1・・・土曜日は、CCAAで「文部科学省伝統文化教材開発事業」の打ち合わせがあった。これは昨年からおこなっている2年間の事業で、この3月でまとめになる。委員は、(敬称略で)、鈴石、岩崎清、松永かおり、岩崎治彦、内野、鷲尾、矢木、辻の各先生。試案作成委員は、横内、時任、庖刀、本間、平田、岡田、鈴木、小竹、加藤貴子、遠田、横道、高橋香苗の各先生である。
指導案に「経師」、「摺師」、「継ぎ手」、「玄翁」、「木賊」、「椋」、「箪笥」、「臍」、「指物師」、「鉋」、「伸子」、「襖」、「掛軸」・・・・などの漢字がいっぱい出てくるが、貴方は、何個、読めるかな?

2・・・足立での新卒時代から知っている若手のがんばり屋のK先生が、船便をミュンヘンに送った。
 この4月から、彼女はドイツの日本人学校に赴任するのだ。英語が堪能で「美育文化」の「造形遊び特集(英語版)」(InSEA大会で配布)は、彼女の翻訳である。
『子ども主義宣言』の編集や都図研研究局に所属し、西多摩大会では、研究授業をおこなってくれた。宇都宮大学大学院では、パウル・クレーの研究をおこなっていた。ドイツはその意味でたいへん合ったところなのだろう。(また、彼女は、「空手家」でもある)。
かつての都図研の先生のイメージからすると・・・?素直で、まじめ、行動力もあり、学識もある、こうした宝物のような若手の海外流出は、現場の都図研としては、痛手であるが(若手の増田三恵子先生もジャイカでアフリカに行っている)、好奇心の強い人は、その興味にむかってまい進していくのだろう。3年間よい経験を積んできて欲しいですね。(もっとも彼女が帰ってきたら、ぼくはもういないかもしれないけど・・・)

「都展・鑑賞指導」・・・09/2/14(土)

image002-3.jpg 朝、8時45分、東京都美術館につくと、伊藤さんが、展示場に吹っ飛んで行った。作品の落下の確認である。
 案の上、いくつか落下していた、重い作品を連結してあるが、20センチ幅のガムテープでとめてあるだけであった。下に置いてある作品が破損しなかったのが、ラーッキーだった。その他、書写のはがれ、平面作品の連結のはがれなどいくつか、あった。まずそれを補修した。
image004-3.jpg 9時45分から東京都教育委員会教育長大原正行先生が、参観された。都中美の平光先生と松永指導主事とともに、説明をしながらみた。前回より、教育長が参観されるようになった。
 かなりゆっくり鑑賞され、一時間以上館内を見て歩いた。その際、「都図研創立60周年記念誌」を渡し、祝辞の御礼を述べておいた。こうした資料があると、強いアピールになる。
中学校をみ終わって、小学校のところにきた。次のようなことをお話した。

  • 今年は1万404点の出品があった。
  • 小学校から高等学校、特別支援の学校種が一同に会する展覧会は他にない。
  • 一週間で2万5千人の入場がある。
  • 学習指導要領の改訂にともなって、都図研では、それらを研究・研修し、指導に生かすようにしている。
  • 図工は、のびのび表現することを目的に、さまざまな材料を使って、発想や自分なりの技能を培うことめざしている。文科省のアンケートでも80パーセントの子どもが図工を好きである。
  • 手や体を使って、創造することは、東京大学の工学部の先生方からも指摘され「図工は大切である」と言われている。(これは、教育委員の東工大の先生からも指摘されているとご返事された)
  • 自分の手でつくる時代ではなく、何でも買う時代なので、手を使う体験は大切。体験する機会があれば、子どもはすぐにそれを習得する。
  • 全国で1800人図工専科はいるが、1300人は、東京都に在籍し、これは、東京都のたいへんすぐれた制度である。また、図工室や専科がいるから、この大きさの絵(4つ切り)が描ける。普通教室だとこの半分の大きさで描くのがふつう。ゆえに、場所・施設が大切。
  • 来年で、都美館が改修工事なので、ぜひ他の場所で、展覧会を継続していただきたい。(いま予算を含めて検討中らしい)・・・・

以上のようなことを歩きながら、話の中に含めて、ご説明した。図工や美術の現場にふれる接点なので、こうした機会は大切にしたい。
DSCF0784-2.jpg

 都教育長鑑賞以後は、二手に分かれ、伊藤君とぼくは、事務所で、「出品者賞」を地区毎に分けて袋詰めした。(たくさんある)。
その後、昼食を取り、会場の鑑賞指導をおこなった。

  • 保護者からの「絵が逆さまに展示してある」の指摘。
  • 「名前のまちがい」の指摘。
  • 走っている中学生への注意。(一部破損)
  • 孫が出ていると聞いたので来たが「作品がない」。(この場合いくつかパターンがある。台東区の区展と場所をまちがっている。立体など、分野をまちがってさがしている。地域の展覧会と勘違いしている。ほんとにない、名簿にもない、これが一番こまりますね。)
  • 作品の落下、はく落。
  • 作品展示場所への案内。

などをおこない鑑賞指導する。

image005-3.jpg ずっと立っていると腰が痛いし・・・この日は3時過ぎにおきて、「H20年度都図研活動報告書」などの原稿をかいていたので、午後にエネルギーが切れた。まるでエネルギーが切れた「鉄腕アトム」のように動きと意識が緩慢になってしまう。本間・遠田・伊藤先生たちは、さすが若者、すごい体力だ。
そうこうしているうちに、5時になり、片づけて、退館した。

 帰りは京浜東北線にのって座ったら、いつの間にか眠ってしまい目が覚めたら「赤羽」だった。(本当は池袋に行く)。バスに乗り「ときわ台」に帰った。
(もしかして今日はCCAAで「伝統・文化」の会議がある?あるね、やっぱし。)

「都展搬入」・・・09/2/13(金)

 HP担当の菅原先生が、木・金と日光の引率でいないので、アップが遅れるが、菅原さんにとってはいい休息かな?

 昨日は都展の搬入があったが、印象は、いつもみる「顔」がほとんどなかったということ。新しい先生がすごいスピードで増えているのを実感した。都展は「同窓会」だったのだが・・・・変わりつつあるなあ。

 都図研の役員は、都展運営委員として、この都教委主催の事業にかかわっている。この展覧会は、入場者数2万5000人という、短期間の展覧会では、一番ひとの入る展覧会でもある。都民・保護者の皆様への大きなアピールの場でもある。
今年は、都図研が都展運営委員長の役割を引き受けている。本間理事長、遠田副会長、伊藤事業局長、辻がその役を受け持っている。

 以下その日の様子。
image002-1.jpg 8時45分に集合。荷物の搬入がすませ、打ち合わせ。各学校種ごとに、壁の区分け。今回は、伊藤先生自作の「特性メジャー」が出現。ひもに、50センチごと、目印がついている。でも、反対側は書いていないので、0から測れない。逆になってしまう。来年は裏も書いてくるそうだ。とにかく、このメジャーのおかげでいつもより、30分早く終わった。

image004.jpg なんだかんだで午前中はあっという間に過ぎる。束の間の休憩。伊藤先生は、「都展のプロ」。最近、具合が悪かったが、復活してよかった!さすがプロ、その仕事に合わせて復調するとは。遠田先生は、物静かだが、実直な仕事人。本間先生は、云わずと知れたコンピューター。てきぱきと仕事をする。ぼくはよろよろしている。

image006.jpg13時開門。どっと人が押し寄せる。展示会場は、ごったがえしている。今年は何点ぐらい作品があるのだろう。昨年は、1万点をに超えたと思う。

image008.jpg 若手の山田先生も、脚立の上でがんばっている。(彼はいつも一生懸命に仕事をしているひとだ)。
女性の若い先生も、高い脚立の上に乗って作業している。手ちがいで、トラックの時間を間違えて搬入の遅い地区もあるが、大きなトラブルもなく、4時半にはほぼ展示終了。
最後に、都教委の先生方と見回りをして、5時すぎ終了となった。それにしても立ちっぱなしで腰がいたいなあ。年かと思ったら、他の3人も痛くなったようである。(それは微妙だな、と声がする・・・)。

 帰りがけ、都展反省会の会場の下見にいった。今年は都図研の当番である。
明日は、鑑賞指導。例年、少なからず、作品が落ちたり、出品作品がなかったり、名前がまちがっていたりするので、注意したい。
また、明日は、都の教育長がくるので、案内をする。子どもの作品のすばらしさや図工の大切さ、それにともなって都展の重要性をアピールしたい。

「ヘロヘロあんど卒業制作(メタ作業)参観」・・・09/2/12(木)

 昨日は、3時に起きて、原稿をかいて、某会議に出かけた。15時過ぎまで会議をおこない、さすがに、へろへろであった。(最近は、西多摩大会の報告書やいくつかの原稿などが重なって、めまぐるしかった。)会議が終わって、教え子の卒業制作展覧会を「大泉学園」までにみにいった。大泉学園というのは、西部池袋線の駅で、昔のベッドタウンといった所である。駅前はこちゃこちゃしていて結構にぎやかであった。
 ビルの7階のギャラリーにいくと、ほとんどお客はいなくて、静かに、作品が飾られていた。第2回ということなので、最近、再編成された高等学校なのだろう。残念ながら本人はいなかった。

順番にみていくと作品があった。一応、ぼくをきっかけ(昔の小学生時代の図工)にモチーフを展開しているのであるが、よくよくみると不思議な作品であった。真上から視点で、人物と卓上を描いていて、顔はみえない。(後頭部のかっこうはぼくによく似ている)。食事をしているのかと思うと、それは、「食事の絵」を描いているのであった。
 コンセプトの表示パネルを読むと、小学校時代に美術を好きになるきっかけを与えてくれたのは、図工の時間の辻先生というひとで、下の名前はよくわからないのだが、いつも絵の具だらけの服を着ていた。
 その先生をかいてみた。辻先生は、「食事の絵」を描くうちに、いつのまにか服は白くなってしまった。(だから「洗濯機」はいらないのだそうだ)。背景の「青色」は、その色の食べ物を食べたことがないからだそうである。目立たない絵であるが、そこには、少しシュールなイメージの流れがある。それは、単なる日常や思い出の記録ではなく、食べ物を描くうちに、汚れた服が白くなってしまうというような浄化作用とも思えるような物語があるのであった。
 確かに、絵をかく(表現)という行為は、無意識やコンプレックスを表現という形で、昇華する作業なのだし、また、「洗濯機も炊飯器もいらない」というこの作品の題名は、「絵というものは虚構である」という意味を示しているとも考えられる。さらに、真上からみた構図は、実際の視点ではあまりあり得ない視点である。おそらく、「卒業」にともなって、ものごとを少しはなれた視点から総括して描こうとする姿勢が、こうした絵の意味を生み出しているのかも知れない。一種の「メタ」作業で、身近な日常を少しずらしながら描いているのではないだろうか。自分の身近なものごとをみつめながら、異化する、そんな表現の資質があると思った。文学でいうと川上弘美さんのようなものがある。
 あとは、こうした資質を表現の方法論をからめてさらに、純化していくと面白いものができていくと思われる・・・・が、人生どうなるかなんてよくわからないので、自分自身の興味をもちながら、世界にむかっていくしかない。これは、みんな同じである。楽しくがんばってほしい。

 ところで、教え子の作品をみるのとは別に、高校生の卒展をみるのはあまりない機会であった。(そう言えば、「都展」以外にないですよね。)
 40号の大きさに統一されていて、丹念に色や形が描かれていた。美術コースの高校生は、ある一定の技術のようなものを習得しているようであった。けれども、ぼくは、図工教育に携わってきた者の感想として、あまりに画一的な気がするのであった。
 表現活動は、もっとばらばらでいいし、それぞれの表現のコンセプトはもっと、方法論を含めて増幅したかたちであるべきではないか。そんな印象をもつのであった。ある様式の丹念さのなかに、個々のもつ切実なリアリティが回収されてしまっていて、自発的な個々の表現の発露が乏しいと感じた。これは、日本の図工教育、美術教育の陥穽かもしれない。目的は、きれいに仕上げることではなく、表現者本人が、表現を意味付けることそのものにあるだろう。

 ということで、いろいろな思いをもったのであるが、I・Nちゃん、ご卒業おめでとうございます。厳しい時代だけど、がんばって生きてね!あっ、そうだ、「ネコちゃんの絵」は、宅急便で送ります。

 今日は、東京都美術館で、「都展」の搬入がある。

「谷川さんと子どもたちの絵本、5月発刊!!」・・・09/2/11(水)

image001-2.jpg 昨日は、4時半頃、高橋香苗特別委員会委員長より電話があった。「えっつ!そうでしたか。5時から谷川さんの絵本の打ち合わせで、デザイナーさんが大谷田小学校に来ますので・・・・・」。さすが、高橋先生、ぼくのうっかりを見越しての電話であった。
 「急いで、着替え、4時50分にTAXに飛び乗った」。場所は、あの警官の両津さんの亀有。ということで、30分遅れて、打ち合わせに到着。(皆さんも、ぼくのうっかりに、用心しましょう)。
 デザイナーの佐武絵里子さんが、表紙やページの大まかなレイアウトをしてきてくれた。それをみながら、全体のデザインの方向性を決定した。佐竹さんのデザインは、なかなか軽快で、すっごい、いい絵本ができそうだ。
 この絵本は、2年越しに谷川さんと連絡をとり実現した子どもの絵と詩のワークショップをもとにつくるものである。恐らく、こうした絵本は、いままでになかった企画だと思う。
 2月の終り頃、全体をデザインしていただいたものをさらに検討し、谷川さんとの調整、校正を加え、5月5日には、発刊する予定である。
 さらに、7月には、CCAAで、発刊記念展覧会をおこないたいと計画している。この絵本を通じて、子どもの絵や詩のすばらしさが、世間・社会に伝わること願いつつ、都図研谷川絵本プロジェクトチームは、編集作業を現在、おこなっている。

 さて、明日は「都展」の搬入である。

  1. 脚立の持ち込み。
  2. 立体作品の展示スペースの確認。
  3. 安全に注意。

などに配慮して、作品搬入・展示をお願いいたします。東京都の公立学校が一同に会する展覧会です。東京都教育委員会が主催する唯一の展覧会でもあります。2万五千人の都民、保護者の方の目に触れる展覧会です。皆さんの協力でよい展覧会に致しましょう。

「手紙・今世紀最大のびっくり!」・・・09/2/10(火)

image002-1.jpg 図工教師をやって29年になる。ぼくのような愚鈍な教師が、子どもの前に立つのはなかなかたいへんだ。これまで、なんとかやってこられたのも、図工の仲間や子どものやさしさに助けられたからだろう。
 先週、一通の手紙がきたのだが、これにびっくりした。あの水泳の岩崎恭子選手流に言うなら「これまで生きていて一番びっくりしました!」である。
 高校3年生からの手紙で、板橋に勤務していた時の教え子の手紙であった。
 文面は、先生は覚えていないと思いますがからはじまり、今は、某高校の芸術科に在籍していて、卒業制作展があり、テーマが、「私の思い出」で、美術が好きになったのは、小学校の図工の時間だったので、辻先生の肖像画(「顔」抜きで)をかいたから、ぜひ見にきてください。というものであった。私の作品は以前、ストライプハウス美術館に出品してもらったことがあるとも書いてあった。
 実は、ぼくは、しっかり覚えていて、その作品を所持しているのであった。鳥の巣タマゴとネコちゃんの絵で、3年生らしいほんとかわいい絵なのであった。ぼくはこの絵から、図工教師として、子どもの絵についてすごいインスピレーションを得たのであった。(返しそびれるうちに転勤してしまったのであった。ゴメンナサイ!)
 明日の水曜日、額に入れたこのネコちゃんの絵を持って、卒業制作展を「大泉学園」に見に行こうと思う。

「第7回がんばれ図工の時間フォーラム」・・・09/2/9(月)

image002-2.jpg 昨日は、東京大学の福武ホールで「がんばれ図工の時間フォーラム」があり参加した。
 おととい、長野県から帰宅後、フォーラムについて考えはじめ、いきなり菅原先生に電話して、60周年の授業のスライドを当日写してもらうように頼みこんだ。彼は宴会の帰りだったが、こころよく引き受けてくれて、当日、都図研の実践を披露できた。
 また、当日の朝、これまた思いつき、本間理事長にメールし、60周年の冊子を持っていくことにした。落合六小に二人で寄って、車で搬入した。120冊配布した。お二人のお力添えに助けられた。ありがとう〜。

 苅宿先生(青山学院大学)の司会で、上野浩道先生(東京藝術大学名誉教授)と佐伯胖先生(青山学院大学)の講演後、藤幡正樹先生(東京藝大)と辻が加わり、パネルディスカッションをおこなった。
 上野先生は、美術教育の歴史研究の立場から、これまでの美術教育思想を振り返りながら、その働きを、「形成的表現」やまた詩人のリルケを引き合いに出しながら、内に沈みこむような思考の重要性を説かれた。近著『美術のちから教育のかたち』(春秋社)などを読むとその詳細がよくわかる。たいへん内省的な物静かな学者であった。
一方、佐伯胖先生は、認知心理学の第一人者の立場から、教育のこれまでの不可解さを認知心理学の実験などを提示し、力強く語られた。近代の学校教育の欠陥を指摘し、「教え主義」の弊害、「身体の復権」、「アプリシェイト(味わう)の重要」などついて、実に明快に語られた。また人間にとっての「ことば」そのものの意味や欠陥についても言及された。
image004.jpg ぼくは、お二人の言葉を聞いていて、強く実感したのは、都図研がこれまでおこなってきた実践、主張が、そこにあると思ったのであった。そこには、図工教育の意味が提示されていた。(映像をもってきてよかった!)
 ぼくは先日の60周年の公開授業のスライドを映し出しながら、実践の様子やねらいについて、説明した。教師は、教えるのではなく、適切な「環境」を用意して、子どもがそこに自らの活動を展開することの重要性を話したのだが、そこには、身体性、感情、材料、プロセス、行為、イメージ、「ただみる」、味わうなど、先の発言ででたキーワードにつながるような活動があったように思う。

 藤幡先生は、お二人の先生とぼくの実践を総括しながら、明治以来の近代化の過程でのねじれ現象や誤解など・・・・「芸術・美術・愛・自由・平等」など、根底的のその「ことば」の意味を取り違えてきたことなど・・・に言及しながら、現在の行き詰った状況を俯瞰しながら語られた。(「プロレス」の話は実感がこもっていた)けれども、「ことば」を否定しつつも、ことばによって語る状況もそこにあった。
 会場からは、フォーラム自体をワークショップなどのかたちにして、おこなってもよいのではないか、という提案もあった。
 そうこうして、時間切れとなった。「図工の時間に問いをつくる」をキーワードにして、さまざまな問題が提起できたフォーラムであった。

 帰り道、高橋先生、南先生、岡田先生、平田先生、大畑先生とお茶をし、雑談をした。フォーラムをみてざっくばらんな雑談をするとけっこういいとその時思った。明日は勤務、早々に散会した。
ぼくは、家に帰り、もちろん「爆睡」した。

「長野県交流研究会」・・・09/2/7(土)

 今日は、日帰りで長野県まで研究交流会に出かけた。
 この会は、今年で3回目。県単位の交流は、どこも行なっていないのではないだろうか?関東地区は、関ブロという組織があり、リン番で、大会を行っているが、こうしたもののさらに下地をつくるものとして、交流は有意義だろう。昨年は、巣鴨小学校で行ったが、どの会も白熱した研究会となり、今日も、横道先生、杉山先生、時任先生、長野県の先生方の発表は、3時間半に渡り展開し、かなり充実したものになった。
 それぞれの地区の事情をかかえつつも、こうした交流会が続くことが今後の図工教育、美術教育を活性化していくであろう。終了後の反省会では、長野の先生方に、ご接待を受け、お世話になった。来年は、東京が会場になる。行き道、メールで速報を送ったが、菅原先生が、早々に、アップしてくれた。ありがとう〜!明日は、東京大学で「がんばれ図工の時間」がある。

「ぼけとるで!あんど長野県交流研究会」・・・09/2/6(金)

image002.jpg1、本間理事長からの封筒が届いた。長野県の研究交流会のチケットと資料である。早速、職員室で、はさみをいれ取り出した。チラシを引き出し、みて、すぐ授業に出かけた。放課後、もう一度確認すると、チケットがはいっていない。封筒を逆さにしても出てこないので、本間理事長にメールして、「ない、ない」と大騒ぎ。本間理事長も他の参加者に連絡をとってくれることになった。五時頃、職員室に行ってPCに向かっていると、担任の先生が、「長野新幹線のチケット、落とした方いますか?」。
「ん!」「いないなら、スキーに行っちゃいますけど」「わおっ〜!あった。わたくしので〜す!」ということで、机の下に落ちていたのをひろってくれていたのであった。本間先生、お騒がせしました。すいません!(「なんちゅー会長や!面倒見切れませんで!」)トホホ・・・。

2、ということで、都図研の研究発表者は、横道広樹先生、杉山裕子先生、時任勝先生。横道先生は、60周年で、授業を先日おこなった。肩の力の抜けた素朴な授業であった。現在の都図研研究局を支える中堅である。杉山先生は、新卒以来、知っているが、何でも積極的に引き受けてくれるがんばり屋だ。お二人とも、今後の都図研をつくっていくホープである。また、時任先生は、ご存じ、前理事長。自ら積極的に手をあげて参加してくれた。今回で3回目になる。寺島頼利先生をはじめ、長野県の先生方にお世話になる。

「秘密兵器」・・・09/2/5(木)

090205_1416~01.jpg1 月曜日は「お腹」に風邪がやってきて、ヤバイ感じだったが、水曜日は講師だったので持ちなおし、講師が終わったら、やや下降線である。だが土曜日は長野県で研究交流会が、日曜日は東京大学で「がんばれ図工の時間」があるのでなんとか持ちこたえないといけませんなあ。

2 ここんところホームページのさまざまな更新が行われていて菅原先生も大忙しの感がある。都政新報、都展、がんばれ図工、岩井俊雄BS放送、鑑賞研究会、題材集、連載エッセイ、60周年関係そして、ひつじ日和。フル活動ですね。でも、おかげさまで「とずけんどっとこむ」をみている方は、現在の図工を取り巻く動きがわかると思います。

3 ・・・ということで「秘密兵器」(写真)が増えていく机の上であった!(なんか、こんなのばっかやなぁ)

「キー・コンピテンシー」・・・09/2/4(水)

image004.png今日は、赤羽台西小学校に研究授業(授業者、中森健治先生)の講師に行った。昨日、下調べをすると「キー・コンピテンシーを育成する指導の工夫」(言語力の活用を通して)をテーマに研究をしている学校であった。東京大学の佐藤学さんを講師に迎え、すでに研究発表をおこなっていた。(行く前は、ちょっと緊張しましたね)
 でも学校につき4年生の姿をみるとがなかなかいい感じだったのでうれしくなった。授業は、自分の「名前」を造形的に変換していく授業で、話し合いも自然におこなわれ、お互いの学び合う様子が多々見ることができた。協議会でも、ザックバランに意見がどんどん出て、活発であった。教科指導の専門的なテクニックでものをみるのではなく、子どもの姿から、そこで何が行われているかを読み取っていく姿勢があり、子どもの視点にたった研究姿勢は大切なものである。
 図工は、形と色、イメージを媒介にした意味作用だが、ことばと二元的に分けて捉えるのではなく、子どもが、形や色、そしてことばを活用して、そこに、自分の意味をつくりだしていくことが、大切なのであろう。
 宇田川校長先生も、私の学校のとなりの駒本小学校にいた方で、前向きで柔軟な姿勢が、職員の雰囲気をつくりだし、開かれた研究ができていると感じた。(それにしても、子どもたちが楽しく活動する姿は、楽しいし、勉強になるなあ。講師の役得というのもあります。)

「毛糸の帽子」・・・09/2/3(火)

090202_2347~01.jpg1・昨日は区展搬出だった。どんどん皆さん片付けて終了。借りた備品を返しに行くと備品が不明。手間取っている間に皆さん帰られたようだ。大道部長ひとり残り事後処理。エライ!   
2・今日は、お受験真っ盛り。六年生、2クラス合同で15人。おだやかに授業を行った。公立小学校の一断面を象徴している。
3・明日は、北区赤羽台西小学校の校内研究会の講師。その昔、都図研城北大会を行った学校。今は亡き、竹澤丈子先生がいた学校。800人ぐらいの参加があり、都図研の「バブル時代」と呼ばれるはでなパーフォーマンスが行われた。みんな若くて元気だった。当時、文科省の西野先生は、お忍びという形で参観していた。時代は変化し、都図研は、もしかして、学習指導要領の最右翼に位置している?
4・毛糸の帽子買ったんだけど・・・・怪しいかな?

「風邪に気をつけましょうね。」・・・09/2/2(月)

090202_0600~01.jpg 昨日は朝4時から8時まで文章を処理し、また寝て、昼過ぎ買い物に行って、夕方からずっと寝てしまった。腹の具合がわるく、風邪がお腹にきた感じ。皆さんも風邪に気をつけましょうね。
 今日は文京区連合展覧会の搬出がある。
 それから、大畑先生からも連絡があり、岩井俊雄さんの番組があるそうだ。2月15日日曜日22時から。こちらも時間ある方、ご覧ください。詳しくはホームページのtop に掲載中。

「いよいよ2月」・・・09/2/1(日)

 土曜日は、「(財)発明協会」で審査があった。テーマは「科学の夢」なので、一般的な児童画の基準ではなく、科学的な発明・工夫が未来の生活を豊かにするというものだが、けっこう「便利」は「手抜き」につながっていたりする。(人間はナマケモノ?)例えば「素材を入れると料理が出てくる」など。また、「環境問題」や「生態系」「介護」への関心や知識も見られた。水、汚染、CO2など。こうしたものは、知識、情報から得たものではなく、身近な生活から具体的に発想されたものが、リアリティがあるように感じた。
本間理事長が、見た作品のなかに、カプセルに入って、人が移動しているものがあった。未来の人は、ますます(カプセルによって)人から自分自身を遮断し生きることになるのか?こうした表現は、本質的には「現在」の状態を示すものであるから、今の子どもは、他者と遮断されていることを示しているとも考えられる。
 さて、いよいよ2月だ。週になおすと8週間。この短い期間のなかに、さまざまな行事がおこなわれ、子どもたちも卒業していく。
都図研では、「都展」「活動報告書作成」「長野県研究交流会」「がんばれ図工の時間」「研究局」「谷川絵本プロジェクト」「教育課程検討委員会」「理事会・総会」「役員会」などなどがある。本間理事長は、「事業報告」と「決算書」などを都小研連に提出する。
 本年度もあとわずか。皆様、がんばりましょう。