「谷川絵本『きみはなまいきなかみさまだ』の校正&平成20年度終了ありがとう!&リニューアル休暇」・・・09/03/31(火)
◆昨日は、中野で、6時30分から、谷川絵本『きみはなまいきなかみさまだ』の編集会議があった。いよいよ編集も最終コーナーを回り、大詰めとなってきた。
時任先生、高橋香苗先生、庖刀先生、杉山先生、デザイナーの佐武絵里子さんで、表紙からていねいに、順を追って、色、レイアウト、文字などをみていった。
子どもの詩は、子どもの「手書き」をそのまま生かして配置した。それが、実にいい感じで、「意味」もそうだが、「字体」というのもそれ自体が意味を発していることがよくわかった。こうした感じを受けることができるのも「書道」という文化がある国だからかもしれない。(もちろんたんにお手本をうまく書くというのではなく、筆圧や動き、バランスそれ自体が、その子の性格や感情を表している。)
思えば、2007年発刊の『子ども主義宣言』(三晃書房)のインタビューの際に谷川さんにおたずねしたのが、きっかけだったので、足かけ3年に渡るプロジェクトであった。
子どもの詩の絵本『谷川俊太郎と子どもたち きみはなまいきなかみさまだ』(三晃書房)は、6月発刊される予定で、7月にはCCAAで、原画展示会を開催し、一区切りとなる。発刊は、たいへん待ち遠しい。
それにしても一つの活動・プロジェクトは、多くの皆さんの協力に支えられて実現していく。ありがたいことである。
◆さて、今日は、3月31日。平成20年度の終了日である。明日からまた新たな年度に突入する。
20年度は都図研の活動もピークに達するような活発さを呈した。役員の皆さんは、アクセル全開で活動していただいている。
思えば、ぼく自身も平成18年度に着任して以来、平成20年度までの3年間、都図研会長の重職を引き受けてきた。ぼくのような頼りない人間は、本来は「会長職」には向かないが、皆さんの絶大な協力体制のもと、ここまでやってこられたというのが本当のところである。
副会長をはじめ、各局長、各局員、さらに、それぞれのブロック、地域の図工の先生方の力の結集が、都図研の活発な活動を推し進めている。
現代の政治的、経済的、文化的、社会的状況は、子どもが素直に、よりよく育つための「環境」という視点からは、十全であるとは言えない。むしろ、そうした社会的環境のさまざまなほころびが、子どもの豊かな育ちをはばんでいる。というのが、図工教育の現場に身をひたす者の実感である。
けれどもこうした「環境」は、人為的なものであり、多くの人が、その気になれば、変化していくものでもある。図工の先生ばかりか、外部の多くの方々も、そのことに気付き始めていて、都図研の活動を支援しはじめてくれている。たいへんうれしいことである。
◆さてさて、「ひつじ日和」は、一年間に渡って、毎日、連載させていただいた。ご覧いただいている方に、最新の図工の状況や活動を提供することを心がけたが、駄文、多忙のため、不行き届きの点も多々あったと思う。
担当の菅原亮先生、遠田副会長にサポートされての一年間であった。この場を借りて御礼申し上げたい。本当に彼らの活動は、並々ならぬ努力と忍耐の賜である。
このまま続けると菅原先生も倒れてしまう。ということで、4月リニューアルのための休暇をとることにした。
「4月13日」に装いを新たに連載を開始いたします。それまで皆さんもお元気にお過ごしください。
「塗り替えられた記憶」・・・09/03/30(月)
○昨日は、所用で日本科学未来館の「∞のこどもたち」へ参加できなかった。が、南育子副会長が参加してくれて、シンポジウムで発言してくれたようである。図工と科学は、ずいぶんと共通性があり、パネラーの各氏は、図工と科学の視点からお話を展開されたようであった。
○所用が済んでから、陽も沈みかかる頃、久しぶりに散歩に行った。20年前勤務していた「北ノ台小学校」(北区十条、姥ケ橋。すでに閉校した。)近くまで歩いた。ごちゃごちゃとした路地を抜けると、突然、広々とした空間が出現した。狭い路地裏空間から、こうした視界が急に広がる場所にでるとびっくりする。
ここは、・・・・確か、「兵器工場」があったところ。40年前は、レンガ塀が残存し、瓦礫でいっぱいであった。子どもたちは、「薬きょう」などの空を拾って遊んでいた。ぼくがすぐ横の小学校に勤務していた頃は、「入国管理局」があり、多くの外国人が周辺にたむろしていた。入港管理局のきわには、例の「レンガ塀」があり、ここが、兵器工場であったことが、さりげなく示唆されていた。
それが今日、すでに何の跡形もなく、更地にされ、巨大な建築物がたっている。まるで、何もなかったかのように・・・・。記憶のない街で、ひとはどのように生きることが可能なのだろう。
「引っ越しは、たいへん!」・・・09/03/29(日)
昨日は、引っ越しをした。段ボール約30箱・・・・様々な資料、本、ひろったギター、アメリカの松ぼっくり、面白い形の石ころなど、荷物がいっぱいだ。
同僚に手伝ってもらい、運送屋の車をたのんで、搬出した。誠之小は、変形の土地で、運び出すのがたいへんだったが、今度の場所は、4階で、そこまで上げるのはもっとたいへんであった。ちょっと一人だったら、無理でしたね。サポートありがとうございました。(ああ、すでにおじさんは、腰が痛い。)
図工の先生の引っ越しはたいへんである。宅急便でOKとはいかない。長年たまった材料や資料がごまんとある。2トントラックで運んでいるひともいる。これらの財産は、「授業経営」のための貴重な物資なのであった。図工は、「観念」ではなく、やはり、「身体」が勝負だから。
恐らく、ぼくにとっては、これが最後の引っ越しとなる。
「世界児童画展アンド世界こども図画コンテスト」・・・09/03/28(土)
昨日は、池袋芸術劇場と大塚のホテルで、「世界児童画展」(美育文化協会)と「世界こども図画コンテスト」(家の光協会)の表彰式のダブルヘッダーであった。
両方とも全国各地や韓国から子どもやその家族、また各国大使館員が参加したいへんにぎわっていた。
家族で東京までくるのはたいへんであるが、きっとものすごい記憶に残る体験であろう。また、家族にとっても、こうした機会がコミュニケーションや関係を深めるきっかけとなれば幸いである。
両方の会のよさは、審査基準が、技術に傾斜していないところであろう。それぞれの子どもの「顔」が浮かぶようなよさを重視していて、どの作品も子どもの豊かさを示すようなものが選ばれている。
いろいろな展覧会があるが、子どもの表現のよさや素朴さを認めないものは、技術に偏向してそれこそコンクールの弊害となってしまう。自分でもそのあたりは、十分注意して審査にあたりたいといつも肝に銘じている。
「H20年度〆の都図研役員会」・・・09/03/27(金)
昨日は、誠之小学校で最後のそしてH20年度の〆の都図研役員会がおこなわれた。
理事長、副会長、各局長、特別委員会の役員が集まり、次年度に向けての各事業の骨格と分担を検討した。
ご存じのように都図研の事業は、多岐に渡り、しかも活発にここのところおこなわれている。図工教育・美術教育の「負の状況」のなかで、皆さんの英知と並々ならぬ奮闘でここまで活動できていると言っても過言ではない。
H20年度は、「60周年記念」、「新学習指導要領告示」をめぐって活動が展開された。次年度以降は、H23(小学校)H24(中学校)の完全実施にむかう「移行期間」のなかで活動が展開する。特に東京は、新人の増加が著しく、指導力養成に関する研究・研修が主となる。
また、世代交代や時代の変化にともなう「組織力の低下」がおきているので、組織再編を検討しなければならない。H21年度は、「組織検討委員会」を立ち上げ、都図研の組織の現状を分析したいと考えている。
実は、新宿で同日に武蔵野美術大学サテライトスタジオで「全国造形教育連盟」の役員会もおこなわれた。(加藤幸子先生、包刀先生は、役員会議終了後、即、そちらに回っていただいた。小生は、他の役員と反省会に出たので不参加。)
ご存じのように「全造連」は、永関委員長、時任事務局長で切り盛りしているが、なかなか全国的な組織化が進まないという造形美術教育の「難題」(アポリア)を抱えている。関ブロ(関東甲信越静地区造形教育連合)もそうであるが、地方は、造形美術教育の衰退の状況がここのところ目に見えてきている。
従来、組織を担ってきた世代が引退し、新しい世代との引き継ぎが、十分におこなわれない組織は、形骸化し、活力を失ってしまう。ということを、都図研自身も踏まえておいた方がよいと思う。
新役員に、福岡貴彦副会長(調布第三小学校)、麻佐知子広報局長(四谷第六小学校)、組織検討委員長に菅野利之委員長(羽村市栄小学校)を迎え、来年度も新たに活動を展開していきたいと考えている。
また、4月に役員会をおこない、新年度の計画を検討し、五月の理事研究会から新年度の活動がはじまる。
「授業料って!」・・・09/03/26(木)
昨日は、卒業式。6年生も立派に卒業していった。進路先はさまざまだが元気にやってほしい。
ところで、知り合いのお子さんが、美大に受かったというので、入学初年度学費を調べてみた。美術学部(油絵科)を以下の各美大のHPでみてみると、びっくりした。記載の仕方がさまざまで、よくわからない部分もあったが、かなりの額である。
東京藝術大学 |
・美術学部・音楽学部:282,000円(予定額)
・学部・大学別科・大学院(修士・博士)とも。前期:267,900円 年額:535,800円(予定額)
・教材費・絵画科・油画(写生旅行代を含む)150,000円
・諸経費164,560円
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|---|---|
東京造形大学 |
・造形学部 授業料等納付金(2009年度入学者)2,136,000円
・上記のほかに、自治会費8,000円、校友会費30,000円、学生災害傷害保険の掛金3,200円(いずれも入学時のみ)。
・資格課程(教職課程・学芸員課程)受講希望者は、別途それぞれの受講料が必要です。
・なお、入学後にテキスト等の教材費が必要となる場合があります。
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多摩美術大学 |
・2009年度学費 2,001,000円〜2,032,000円
・実習費 実習費は、次の通り学科・専攻により金額が異なります。芸術学科=33,000円、日本画専攻・工芸学科=49,000円、彫刻学科=64,000円、その他の学科・専攻=39,000円。
・私用材料等一括購入預り金 。学科・専攻により、学費とは別に私用な材料・消耗品・工具・研修旅行等に充当する預り金を徴収します。日本画=30,000円、油画24,000円、版画=76,000円、彫刻=164,650円(2年次75,420円、3年次30,000円、4年次5,000円)、工芸=40,000円、テキスタイルデザイン=40,000円、環境デザイン=40,000円、芸術=15,000円 。校友会費 終身会費30,000円(代理一括徴収)
・授業料、物価スライド制。
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武蔵野美術大学 |
・平成20年度進入学生、3年次編入生油絵学科油絵専攻油絵学科版画専攻1,927,500円。
・入学時には別途、学生教育研究災害傷害保険料が徴収されます。
・教職課程履修費(平成20年度新入生)教職課程履修費(登録料) 24,500円
・学芸員履修費(平成20年度新入生) 学芸員履修費(登録料) 21,000円
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国立でも、約100万円?くらい。私学は200万円を超えている。これに、毎月の教材費や地方からの学生は、仕送りもある。親としてはいったいいくらかかるの?という感じだろう。バイトでは追い付けないし、奨学金も借金となる。えーとこれで4年間いくと・・・さらに大学院もいくと・・・・。
こういうのをみると日本は、学びの場が開かれていないと実感しますね。
「卒業式」・・・09/3/25(水)」
昨日は、「卒業式」のリハーサルがあり、本日は本番である。ぼくにとっては、確か28回目の卒業式だ。はじめての卒業式の子どもたちは、すでに40歳ではないか!時が経つのは早い。
帰り道、池袋の「ジュンク堂」という本屋さんに寄った。雑踏のなかを歩いていると偶然、森田先生に出会った。彼も本屋さんに寄ったようだ。
池袋の雑踏は、多くの人が行き交う場である。知り合いに出会うことはごくまれで、圧倒的に知らない人たちの群れが通り過ぎてゆく。
世代や仕事、目的、階層の異なる人たちが、ものすごい速度で、機械的にすれちがっていく。
ぼくは、携帯のカメラをONにして、歩きながら手持ちのままで、シャッターを押した。「アレ・ブレ・ボケ」の写真が撮れたのであった。
まるで、森山大道(写真家、1938〜、写真小のものは森山氏のもの)のようであった。「写真とは記憶と現在のゆくりなき邂逅だと森山」は述べている。(http://www.moriyamadaido.com/top.html)
確かに、偶然の出会い・・・刹那がある。
「子どもの目」・・・09/3/24(火)」
日本の子どもたちの顔つきや表情が、ここのところ変わってきたように感じるのはぼくだけだろうか?
もちろん今でも純朴な子どもはたくさんいるが、妙にしらっと冷めた表情の子どもが増えているようにも感じる。ぼくが子どもの頃には、鼻水をたらしたり、泥だらけの子がたくさんいた。(おじさんは、古いね)
うちの愚娘が、タイ〜カンボジア旅行から帰ってきた。撮ってきた写真をみると、その中にカンボジアの学校の子どもの写真があった。みんな裸足で、白い服は着ているのものの、日本の子どものように、ブランド品で着飾っているわけではなく、たいへん質素ではあるが、目のきらっとした子どもが多いように感じるのであった。
核家族、競争社会、消費社会、お金万能主義、格差社会、塾通い、お受験、情報化社会、一人っ子、遊びの喪失などなど・・・共同体の喪失にともなう環境の変化の中で、子どももその姿を変えつつあるのかもしれない。
「旅する民俗学者、宮本常一」・・・09/3/23(月)」
いよいよ最終の週になりました。昨日から少し寒いですが、25日には卒業式。子どもたちも小学校を巣立っていきます。
ところで、連休であったが、どこへも行かずごろ寝して過ごした。ごろ寝して過ごすと、本の山が目に入るので、まだ読んでいなかった宮本常一の『イザべラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』(平凡社、2002)を読みはじめた。
明治に日本を訪れたバードという女性の旅の日記を宮本が解説を加えた本なのだが、そこには、日本的な文化のしみじみとしたよさが、書きだされ、あぶりでてくる面白さがある。宮本の本を読むのははじめてなので、調べると・・・・
「宮本 常一(みやもと つねいち、1907年8月1日 - 1981年1月30日)は、日本を代表する民俗学者の一人。」で、「山口県周防大島に生まれる。大阪府立天王寺師範学校(現大阪教育大学)専攻科卒業。渋沢敬三に見込まれて民俗学の道に入り、戦前から高度成長期まで日本各地をフィールドワークし続け(1200軒以上の民家に宿泊したと言われる)、膨大な記録を残した。宮本が所属したアチックミューゼアムは、後に日本常民文化研究所となり、神奈川大学に吸収されて網野善彦の活動の場となった。」
(ウィキペディアより)・・・・とあった。
まだ、読書途中だが、なかなかすごいひとが世の中にはいるものだ。
「BT4月号表紙、あなたは、どっちがお好き?」・・・09/3/22(日)」
『美術手帖4月号』が届いた。あの「激写」の写真家、篠山紀信さんの特集。
ところで、BTの表紙、「右のピンクの写真」と「左のマン・レイのような写真」だけれど、「あなたは、どっちがお好き?」
右は、ぼくにはとてつもなく明るい写真にみえる。明る過ぎて、表面だけがみえる。はたしてこの女の人は、ほんとに生き物かしら?
左の写真は、モノトーンでフォルムが強調されている。まるでピップのラインが抽象絵画のようにくっきり浮き出ている。渋いっすね。
同じヌード写真でもというか、「写真」は客観的に対象を捉えると通常考えられているが、同じ現象でも、撮り手によってまったくちがった像(現実)がそこに映し出されるのではないだろうか?(だから「ほんものそっくり」というのは、ありえない。写し出される「真」はこっちにあるのだから・・・)
このふたつの作品の嗜好によって、あなたの芸術的な態度がわかるかもしれない。
編集部のコメント記事によると「だめだめ、こっち」という会田誠さんの一言で右側のキララさん(モデル)の写真に決定したらしい。
あなたなら、どっちを選ぶだろう?
「評議委員会・図工の情報誌の課題」・・・09/3/21(土)」
昨日は、なんともいい天気で、ぽかぽかと汗ばむくらいのいい天気だった。こんな日は、散歩すると楽しいのだが、蔵前で、(財)「教育美術振興会」の評議委員会があった。我が国では造形美術教育に関するこの種の振興会は、この他に(財)「美育文化協会」があるのみで、ふたつと少ない。それぞれ機関紙があり『教育美術』、『美育文化』という定期刊行物を発行している。
これらの他に造形美術教育にかかわる定期刊行物としては、文部科学省(東洋館出版)の『初等教育資料』、小学館の『教育技術』、美術出版社の『美術手帖』、日本文教出版の『形(フォルム』、開隆堂の『造形ジャーナル』、また、かつて、建帛社(けんぱくしゃ)の『アート・エデュケーション』(廃刊)というものもあった。
こうした雑誌・機関紙は、図工教育の周辺に位置し、図工教育の状況や課題、また、具体的な指導法等々を示し、図工教育の活性化に貢献することを役割とする。
美育文化の穴澤編集長は、こうした仕事にかかわって、「造形美術教育のジャーナリズム」ということを述べたことがある。
けれども、これらの冊子の購読者数は、現実的には、衰退しているのが現状で、情報の「受け手」(現場教師)が、こうしたもの知らない、あるいは、読まなくなってきているのが現状であろう。こうしたところにも、「共同性」の喪失をみることができるのだが、教師が孤立的に単独で子どもと向き合っているだけでは、よい教育実践はできない。それを支えるには「文化」がなければならない。
いまあげた雑誌・冊子は、図工教育の文化を形成することに寄与してきたが、いま新たに、図工教育の土壌を耕すための模索の時代が到来している。
「都図研城北大会運営委員会&大会記念講演:中沢新一さんに決定!」・・・09/3/20(金)」
昨日は、板橋区成増小学校で、城北大会運営委員会が開催された。来年度にむかって、全体の事業計画や各局の打ち合わせが行われた。
「新学習指導要領」が告示され、「解説書」が、出された現在、来年度再来年度は、23年完全実施にむかう、移行期間となる。次回改訂が、前倒しされて、10年後のH30年ではなく、H28頃になると、H21〜H26年までのここ5、6年間の動きが次期改訂に大きな影響を与えていくと考えられる。
こうした動きに関わる「はじめの一歩」が、都図研城北大会となる。現在示される「新教育課程」に沿いながらも、具体的な実践においては、東京らしさを失わず、つまり、子どもの育ちに沿いながら、図工教育のダイナミズム・よさを提示していくのが城北大会のめざすところであろう。
また、このところ、かなりの勢いで、新人の先生方が増えている。こうした先生方も一緒に参加して、一緒に学べる場としての大会も求められている。さらに、全国の担任の先生方にも理解できるような図工の在り方も発信していくことが大切である。
都図研城北ブロックは、都図研の地域の中でも約250名の大所帯であり、元気な地域であるが、テーマにある「元気」もからめて、子どもや教師や図工が「元気になる」大会をめざしてほしいと思う。来年度は、異動などで人員の入れ替えがあるので、5月から本格的な活動が開始される。
反省会に遅れていくと席が満杯で余分な椅子もなかったので、大会編集局の島田美由紀先生と日下里緒先生と三人で近くの居酒屋で別に反省会をした。こうして若い先生方と話をするとおじさんにも若い世代の感じをなんとなく学ぶことができる。お二人ともそれぞれの立場で城北大会を盛り上げてくれるにちがいない。
都図研城北大会記念講演会は、「中沢新一」さん(多摩美術大学芸術人類学研究所)に決定しました。
都図研と中沢さんのかかわりでは『くるくるアート』(パルコ出版、1995年)でご執筆いただいたことがある。当時の知識人では、子どもの作品や活動に注目いただいた数少ない方である。今回も堀口あや子先生(当時、編集長)にお骨折りいただき、快諾となった。
○中沢新一さんの略歴
中沢 新一(なかざわ しんいち、1950年5月28日 - )は、 山梨県山梨市出身の宗教学者、哲学者、評論家、文化人類学者。父は民俗学者の中沢厚。祖父は生物学者中沢毅一。歴史学者の中沢護人は叔父。歴史学者の網野善彦は義理の叔父(叔母の夫)。作家の芹沢光治良は親戚。(ウィキペディアより)
○最近の活動
コピーライターの「糸井重里」さんのHPである『ほぼ日刊イトイ新聞』
http://www.1101.com/home.html
のなかに以下の「中沢新一」さんの項目があって、現在の活動を見ることができる。
◆中沢新一
・芸術人類学研究所青山分校 !
・死を想う
・TARO MONEY
・東京なべぶた流中沢新一+糸井重里
・中沢新一『明日の神話』解説
・はじめての中沢新一
「骨異常なし、打撲全治一週間」・・・09/3/19(木)」
おととい事務局会で、実は、大きめの「台車」を運搬中、廊下の段差で、台車が一段ガタンと降りたとき、ぼくの右足親指が、台車の最後部の下にちょうど位置していたので、当然のごとく、台車のへりと床面がぶつかったとき、ぼくの親指ちゃんは、間に入って、一瞬、サンドイッチ状態になったのであった。
サンドイッチ状態・・・手早く言えば、挟まったわけだが、誰でも、身体よりも硬いものに挟まれるとたいへん痛いので、ぼくも人間らしく、たいへん痛かった。
一昨年、バレーボールの練習中、右手親指とボールが、ゴッチンコして、「亀裂骨折」となったぼくの老いた骨が、またしても、同じことになったかもしれなかったので、用心のため、午前中、病院に行って、レントゲンを撮ったら、幸いぼくの右足の親指の骨は異常なく、たんなる打撲だった。よかった、よかった。
そうでなくても、仕草や振る舞いが大雑把なせいか、家でもよく机やいすやドアのカドに足の子指や親指をぶつけてしまう。(これはハッキリ言ってかなり痛いです!)皆様も、年度末のせわしいなかで、怪我などなさらぬように、注意されたい。
「事務局会〆会・発送は重労働」・・・09/3/18(水)」
昨日は落合第六小学校で事務局会があった。「60周年記念誌」と「平成20年度都図研活動報告書」の各地区への発送作業であった。段ボール箱、封筒、EXパックなどに仕分けして郵送票に宛て先を書いて貼り付ける。今回は二冊あったのでかなりの重労働であった。
本間先生、庖刀先生、加藤幸子先生、菅原先生、服部先生で必死に作業をおこなっていた。ぼくは学校の「委員会」が終わって参加したが、なかなかたいへんであった。都図研事務局はこうした地味ではあるが、それなくしては都図研の活動が成り立ちえない仕事をしてくれている。ありがたいことである。(というか、はでな仕事よりも実は人間を鍛えるのはこうした仕事だとぼくは思っている)
皆さん、少ない人数で、黙々と作業し、約3000冊の冊子を梱包した。(一部「記念誌」が不足していたので、後日補てんします)。
作業終了後は、東長崎駅近くの「お好み焼き」で、反省会をした。「なっとうのお好み焼き」「キャベツのせん切りサラダ」がうまかった。
なごやかな時間を過ごすうちに、日本酒好きの菅原さんにお酌し、菅原さんもやっと満足のご様子であった。
一年間、事務局の皆さんありがと〜!
「教育課程検討委員会〆会」・・・09/3/17(火)」
月曜日は、誠之小学校で、2年間に渡る「教育課程検討委員会」のまとめをおこなった。
委員長の平田先生、担当副会長の鈴木先生、委員の志水先生、鶴内先生、小林先生、渡辺先生、また、豊島の三宅先生が来校され、まとめと反省会をおこなった。
当初一年間の予定であったが、「学習指導要領」の告示が、伸び伸びにのびて、1年目は「アンケート調査」をおこなった。現在の都図研の「人員構成」などのデータが出て、たいへん役に立った。また、2年目は、指導要領の骨子と具体的な活動事例をリンクさせて、平易でヴィジュアルなものができた。担任の先生や新人の先生方にも、「学習指導要領」を具体的な実践と結びつけて考える際には有効であろう。すでに各地区の理事の先生を通じて配布済みなので、手元に来ていない先生は、各地区の理事に問い合わせ願いたい。
10年に一度の改訂なので、次回は平成30年だが、前倒し(H28年?)されると予想されるので、今後の推移をみつめていきたい。また、完全実施が小学校H23年、中学校H24年なので、次期改訂を考えると、この当たりの活動や働きかけは、非常に重要になってきて、次期改訂の内容を左右すると思われる。
美術教育、図画工作教育が、公教育において、復活あるいは、消滅・削減へのターニングポイントとなるであろう。
2年間に渡る長丁場の委員会であったが、委員長の平田先生を中心として、協力しながらお力を発揮していただいた。ひとつの具体的な指針を提示できたことは、とても重要なことであった。教育課程委員会の皆様、ありがとうございました。
「世田谷文学館・荒井良二展」・・・09/3/16(月)」
日曜日は、久しぶりに時間があったので、世田谷文学館というところに絵本作家の「荒井良二」さんの展覧会をみにいった。
世田谷文学館はまわりを池で囲まれ、コイなども泳いでいた。たくさんの親子や若い女性が来館していた。(岩崎治彦先生のいる五日市小学校の図工専科の今井先生もきていてご挨拶を受けた。)
荒井さんの絵(表現)は、子どもの「らくがき」や「図式期」のフォルムを想起させるもので、(サイ・トウォンヴォリーなどの影響も強く感じさせる)、新鮮な生き生きとした魅力がある。それ以外にもさまざまなポップ・カルチャーがミックスされ、その編集能力の高さを感じられるものであった。
「絵本」というメディアの特性を十分踏まえながら、さまざまな要素を紡ぎ合わせ、そこに新鮮な世界を出現させる・・・・それは子どもが図工する時間にかいま見せる「いま・ここ」を生きる姿とどこかつながっているように感じた。
また、絵本の世界は、「つくり手」―「作品」(出版)―「読者」(子ども・親)というような市場が形成されていて、コミュニケーションの場があり、しかも、「良質」(教育)のものを提供するというような伝統もある。よって、難解で閉鎖的な「現代美術」や何でもありの「マンガ」とは、一種異なる場を形成しているように感じられた。日本には「文人画」の系譜などもあるので、そうした観点から、みていっても面白いかもしれない。世田谷文学館で行われたというのは、そんな意味も含んでいるのだろう。
「教育改革の動向と図画工作科・美術科教育の現状と課題についての研究中間発表会あんど都図研研究局の精鋭たち」・・・09/3/15(日)」
土曜日は、東京学芸大学へ研究発表会をみにいった。柴田和豊先生の研究室関係の方々が集まり「教育改革の動向に・・・・」に関して、それぞれの視点から研究をしているらしくその中間発表会であった。あいにくの雨と寒さで、外に出る気分ではなかったが、柴崎先生、矢木先生の発表もあったので出かけた。
柴田先生は、以前、都図研が、かなりお世話になった学芸大学の教授で、重厚なお考えをもつか数少ない哲学者でもある。そのお弟子さんと周辺の方々・・・相田隆司さん、飯室一さん、柴崎裕さん、立川康史さん、荒川洋子さん、濱脇みどりさん、浅野恵治さん、葉山登さん、矢木武さんが今後、この時代の負の様相に対して、どんな意見を発信していくか、今後の一年間を期待したい。

それからもう一枚の写真(柴田祐佳先生撮影。金曜日の「ミュンヘン壮行会」での記念写真)は、都図研研究局精鋭部隊。意欲と熱気のある若い先生方が集まり、「現場教師による現場教師のための研究」をおこなっている。10年後の都図研は、この精鋭たちがつくっていくことは確かである。(あの夜の新宿の人通りの多い雑踏のなかで、よくこんな集合写真が撮れましたね。すご腕!)おまけ:柴田先生が写っているバージョン
「都図研岡田研究局の〆の会アンド加藤貴子先生ミュンヘン壮行会」・・・09/3/14(土)」
昨日は、方南小学校でH20年度の研究局の〆の会がおこなわれた。本年度の反省と来年度の方向性を話し合い、今年の研究資料をプリントしたものをみんなで束ねてとめた。
今年度は、新学習指導要領解説がでたり、西多摩大会があったり、60周年公開授業があったりと、研究局もフルで活動した。岡田新研究局長のもと皆さんで協力し、積極的に活動した。そんな中で、多くの若い世代の先生方がめきめきと力をつけているのがよくわかった。
公的な「平成20年度都図研活動報告書」にも研究局の報告は載っている。が、この他の研究局で書きためた指導案や様々な膨大な記録を手ずりでプリントした冊子は、それぞれの研究局員にとってはかけがえのない資料となるであろう。
10年、20年たつとますますその輝きをますにちがいないから、研究局の皆さんは大事に保管しておきましょう。
その後、加藤貴子先生の「ミュンヘン壮行会」が新宿のロシア料理でおこなわれた。
加藤さんの人徳や研究局の仲間の温かい応援もあって、和やかで、楽しく、少ししんみりした会となった。
そこには様々な出会いがあり、出会いの中で、自分が生きているという実感を加藤貴子さんの壮行会に参加して改めて、皆さん感じているようであった。
人は出会いと別れを繰り返し、進んでいく。加藤さん、ミュンヘンに行っても楽しくがんばってください。
尚、4月1日から、「とずけんどっとこむ」では、「ミュンヘン便り」を連載することになりました。もちろん書き手は、加藤貴子さん。ドイツからいろいろな刺激を皆さんに届けてくれる。菅原さんよろしくね!
「H20年度東京都図画工作研究会活動報告書が各地区に配送されます」・・・09/3/13(金)」
「平成20年度東京都図画工作研究会活動報告書」が届いた。玉置副会長が徹夜の突貫工事で編集してくれたものだ。表紙デザインは、中村隆介先生。シックで、はでな相矛盾する感じが同居する表紙となった。
「60周年記念誌」の表紙デザインは、大畑祐之先生。こちらは、「図工室のにおいがする感じで」と注文を出した。
中村デザインは、子どもが絵を描く瞬間の活動のプロセスが切り取られ貼り付けられている。指先にピンクの絵の具をつけた手がしなやかなエロスを感じさせる。その他の写真も同様に子どもが描くプロセスの一瞬が捉えられている。
一方、大畑デザインは、使いこまれたパレット、筆、絵の具壺、木切れが組み合わせられていて、子どもが活動する「環境」が示されている。子どもを直接捉えているわけではないが、活発な活動を暗示するものとなっている。
いずれのデザインも都図研が今注視しているものが表現されている。それは子どもの活動のプロセスであり、子どもの活動を支える「環境」である。さらに、そこには身体感覚をともなう「質感」がある。
またこの冊子は、「研究局の紀要」(96年)→「研究局・研修局の紀要」(03年)→「都図研全体の活動の報告」(08年)へと編集内容も変化してきている。
この2冊を読んでいただくと、この10年の歴史と現在の都図研の総体(各部局で行われている事業)が俯瞰できるようになっている。
「都図研って、なーに?」と思われるあなたには、必読の冊子である。(でもこれは買わなくても大丈夫!無料配布です。今、事務局が各地区理事への配送を準備しています。各地区の理事の皆様、各学校への配布よろしくお願いいたします)
今日は、杉並区の方南小学校(杉山裕子先生)で研究局のまとめの局会がある。
「東京大学原島博先生退官記念講演会」・・・09/3/12(木)」
昨日は、「がんばれ図工の時間」や「∞のこどもたち」展で都図研がお世話になった東京大学工学部・情報学環の原島博先生の退官記念講演会を東大の「福武ホール」で聞いた。(先日「がんばれ図工の時間」をおこなったホール)
2時間の講演であったが、原島先生のお話は、わかりやすく、面白いもので、さすが天才的なひとは違うと思うのであった。(図工人?たちの難解な話とはぜんぜんちがうぞ。みんなにお前がそうだろうが!と言われそうだが・・・)
言いたいことややっていることが構造化されていて、しかも、見ている人をあきさせないのは、至難の業である。また、コミュニケーション(情報)を基盤として、恐るべき多方面にわたる好奇心が光っていた。
子どもも大人も「わかりやすい」のがいいですね。勉強になったなあ〜。南副会長と高橋香苗副会長と私で、お花を贈り、ご挨拶をして、パーティを後にした。
「理事研究会・総会」・・・09/3/11(水)
昨日は、誠之小学校で、平成20年度の〆の都図研理事研究会・総会があった。大方の学校が成績提出とたいへん出足が悪く、30分ほど遅れて会がはじまった。
研究局、研修局、事業局(都展)、特別委員会など、各部局からの本年度の活動報告に続き、総会では、新旧の役員の承認と決算・事業報告、新年度の予算案・事業案の承認がおこなわれた。
遠田副会長は、3年間勤め退任された。たいへんまじめな方で、今年の西多摩大会を成功に導いた立役者のひとりであった。尽力に感謝したい。
変わって来年度より福岡副会長が承認された。50周年の記念行事の会場校を受け持った先生で、また、事務局で地道な仕事もおこなってきた職人タイプの先生で来年度からは前面に出て都図研を牽引していただく。
昨年から引き続きの、南副会長、鈴木副会長、高橋香苗副会長、玉置副会長、本間理事長、辻、ともども会員の皆様にはお引き立てのほどよろしくお願いしたいと思う。
各地区でも、どんどん若い世代が増えていると思うので、都図研の理事に推挙し参加していただきたいと思う。
平成20年代、図工教育は、依然として逆風の中を進んでいかなければならないので、若いパワーを育て、結集する体制をつくっていかなければならないから。
「しゃかりきになって!」・・・09/3/10(火)
どの学校のどの図工専科も成績提出で、しゃかりきになって、成績をがんばっているようである。(中にはまれに違う方もいるようだが・・・すごい!)ご多分にもれず私もそのひとりであった。何でも計画的に少しずつやっていれば、といつも思うが、そうはとんやがおろさない。
ちなみにPCで書いていて「しゃかりき」を変換したら「釈迦力」となった。辞書には載っていなかったが、お釈迦様の力を借りたいところだ。また、「そうはとんやがおろさない」は、「問屋」がおろさないという意味らしく、うまくいかないの意。「問屋さんが品物をおろしてくないよ〜」という感じだろうか。でも時間がないので、今日(月曜日)はここまで!間に合わなくて信用をオシャカにしないようにしないとね。
「明日は最後の理事研究会!あんど小熊秀雄展(熊谷守一美術館)」・・・09/3/09(月)
○明日火曜日は、誠之小学校で、本年度最後の理事研究会・総会がおこなわれます。皆様ご参加ください。
尚、場所は変更です。「パソコン室」ではなく「プレイルーム」です。お間違えなく。
○NHKの日曜美術館で、小熊秀雄(1901〜 1940、詩人、小説家、絵画、童話、漫画の原作など活動の幅が広い)の展覧会(熊谷守一美術館)のニュースをやっていた。《夕陽の立教大学》(1935、油彩)が、ピピンと来たので夕方みにいった。(想像していたのとちがって、とても小さい画面であった。TVでみたときは巨大な大きさに感じたのであった。)
39歳で結核で死去。小熊は、「池袋モンパルナス」の名づけ親らしい。バーミリオン(朱)に染まった画面が、生きるはかなさのなかで、一瞬の輝きを放っているように感じられた。
「横内克之先生講演記録の校正をしてみて」・・・09/3/08(日)
研究局でおこなわれた横内先生の講演記録を研究局でまとめてくれたので、校正を試みた。記録・校正は、地味でたいへんな仕事であるが、やってみるとよくわかるが、そこには創造性もあるのだ。
けれども、一般に「書き方」のルールというものもあるので、佐藤守宏さん(比較文化の学者)のサイトにのっているものを参考にこれからの都図研のレポート作成の参考にしてはどうだろうか。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/b-monkey/
○論文・レポートを書くために
論文とは、ある問題についての、自分の主張をなんらかの調査に基づいて、合理的な仕方で根拠づけようとする、一定の長さの文の集まり
(小林康夫、船曳建夫編『知の技法』(東京大学出版会、1994年)より引用)
○「はじめに」の書き方
第一段落: |
【前提】 →論ずる対象についての最低限の情報の提供
|
|---|---|
第二段落: |
【問題提起】 →論文の課題。どのようなことを知りたくて論文を書くのかを明確にする。基本的には疑問形で書く。
|
第三段落: |
【先行研究の批判】 →上の問題に対してこれまでどのようなことが言われてきたのかを紹介した上で批判(言われてこなかったことを指摘)。
|
第四段落: |
【仮説の提示】→論文の結論を先取りして提示。必ず第二段落の「問題」に答える形で。
|
第五段落: |
【手続の紹介】→論文の概略の説明。「第一章では・・・。第二章では・・・」。
|
○人名表記の原則
人名の後には生没年を必ず付ける
- 【例】歌川広重(1797~1858)
漢字圏以外の人名には、原綴をつける
- 【例】フェリックス・ベアト(Felix Beato, 1834-c.1903)
・にほんじん名の略称
近代以前は名前や号 |
【例】(鈴木)春信、(狩野)探幽
|
|---|---|
近代以降は名字 |
【例】萬(鐵五郎)、土門(拳)
|
但し日本画の場合は号で呼ぶことが多い |
【例】(竹内)栖鳳、(橋本)関雪
|
・西洋人名の略称
基本的には名字 |
【例】ピカソ、マネ
|
|---|---|
二つ以上繋がった名字は、全部書く |
【例】ファン・ゴッホ、トゥールーズ=ロートレック
|
日本語に直すときのルール:
1,スペースはナカグロ |
【例】Pablo Picasso パブロ・ピカソ
|
|---|---|
2,ハイフンは等号 |
【例】Jean-Luc Godard ジャン=リュック・ゴダール
|
○カッコの使い方
「 」カギカッコ |
→ 引用文/論文・章の題名/シリーズ名/展覧会名
【例】論文:ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」、シリーズ:歌川広重の「東海道五十三次」、展覧会:「進化する映像」展 |
|---|---|
『 』二重カギカッコ |
→ 書名/映画の題名
【例】書名:ミシェル・フーコー『言葉と物』、映画:『羅生門』 |
《 》二重ヤマガッコ |
→ 作品名(絵画、彫刻、インスタレーションなど)
【例】ベラスケスの描いた《ラス・メニーナス》では・・・ |
〈 〉ヤマガッコ |
→ 強調(カギカッコでも代用可)
【例】明治時代に、いわゆる〈美術史〉が創出され・・・ |
〔 〕キッコウ |
→ 訳註、引用元にない付け足し
【例】美術とはいわゆる国家のイデオロギー装置〔ルイ・アルチュセールによる概念〕でもあり・・・ |
○註に何を書くか
1,本文中で引用したり、述べたりしたことの原典を明示。下の書誌情報の書き方に従い、さらに当該ページを表記。
- 【例】(15) 今福龍太『クレオール主義——The Heterology of Culture』、青土社、一九九四年、一五五頁
2,本文中で言うと流れを邪魔するけれど、言っておきたいこと。
- 【例】(17) tourism という単語が、英語の語彙に登場したのは、一八一一年頃であったという。
○書誌情報の書き方:和書の場合
著者名「論文名」、編者名『本・雑誌の題名』、翻訳者名、出版者名、年
単著 |
【例】木下直之『写真画論』、岩波書店、1996年
|
|---|---|
本の中の論文 |
【例】北澤憲昭「文展の創設」、『境界の美術史 ——「美術」形成史ノート』、ブリュッケ、2000年
|
アンソロジーの中の論文 |
【例】港千尋「伝神絵」、小林康夫、松浦寿輝編『イメージ ——不可視なるものの強度』、東京大学出版会。2000年
|
雑誌論文 |
【例】佐藤守弘「都市とその表象 ──視覚文化としての江戸泥絵」、『美学』202号、2000年9月
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単著(翻訳) |
【例】スーザン・ソンタグ『写真論』、近藤耕人訳、晶文社、1979年
|
本の中の論文(翻訳) |
【例】カルロ・ギンズブルグ「徴候 ——推論的範例の根元」、『神話・寓意・徴候』、竹山博英訳、せりか書房、1988年
|
アンソロジーの中の論文(翻訳) |
【例】ジョナサン・クレーリー「近代化する視覚」、ハル・フォスター編『視覚論』、榑沼範久訳、平凡社、2000年
|
但し、註の文章のなかに書誌情報を埋め込む場合は、題名以後はカッコで括ること
- 【例】木下直之が、『写真画論』(岩波書店、1996年)で述べたように・・・
- 【例】J・クレーリーの「近代化する視覚」(ハル・フォスター編『視覚論』、榑沼範久訳、平凡社、2000年)によれば・・・
○書誌情報の書き方:洋書の場合(アメリカ式)
著者名, 論文名,編者名, ed., 本・雑誌の題名, 出版者のある都市名: 出版者名, 年
#和書で『』がイタリック、「」が""になる
単著 |
【例】James R. Ryan,Picturing Empire: Photography and the Visualization of the British Empire, Chicago: University of Chicago Press, 1997
|
|---|---|
本の中の論文 |
【例】Daniel J. Boorstin, "From Traveler to Tourist: The Lost Art of Travel",The Image: or, What Happened to the American Dream, New York; Atheneum, 1962
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アンソロジーの中の論文 |
【例】Henrietta Lidchi, "The Poetics and the Politics of Exhibiting Other Cultures", Stuart Hall, ed.,Representation: Cultural Representations and Signifying Practices, London: Sage, 1997
|
雑誌論文 |
【例】Judith Adler, "Origins of Sightseeing",Annals of Tourism Research, vol. 16, 1989
|
あんまり、規則に縛られてはたまらないが、最低、『』や注のつけかたなどは、知っていた方がよいだろう。それらは、個々のデザイン上の趣味ではないからだ。
でも書き方だけではやっぱりいけない。「実践」→「記録化・理論化」→「実践」といくのがよいだろう。さらに、横内先生も述べているように「写真」(映像)もたいへん重要なものである。
「東京都造形教育協議会・・・平成24年は、造形美術教育のターニングポイントかもしれない」・・・09/3/07(土)
昨日は、雨がショボ降るなか、中野の第三中学校で「都造協(通称)」があった。都図研からは、辻、加藤幸子先生、高橋香苗先生、時任先生が、出席した。他のメンバーは、「西多摩大会」、「教師道場」などと重なり、参加しなかったのでいつもより少なかった。
また、都中美4人、特別支援1名、高等学校0名、大学0名とかなり閑散としたものであった。
この会は、全造連や関ブロの運営にかかわる「かなめ」の会であるが、造形美術教育における学校種間の連携の在り方が、再検討される現在、学校種間の連携がいっこうにすすまない会でもある。
また、全国的にみて、それぞれ地域によって、母体となる造形教育の組織があるのだが、ここのところ、 その「衰退」がちらほらと目につくようになってきていると感じる。
最近は、ネット社会なので、となりの学校の仲間とかかわりながら関係を構築することよりも、地域を超えた連携のような在り方がすすんでいるようにもみえ、トピックを提供してくれてはいるが、案外、それらは、ネットのレトリックで、つまり、それらは「情報」でしかなく、造形教育をそれぞれの地域で実質的に支える匿名の数万人の共同性の構築とは別の活動であることを考えておかないといけないようだ。
H20年に教育課程が改訂されたが、次回の改訂は、10年周期を目安にすると、H30年だが、次回は、10年を待たないで、8年後に前倒しされると、H28年に頃になると予想される。
中学校の完全実施がH24年で、そこから、選択は、美術の時間に繰り込めないことから、大量の美術教員の講師化がはじまると予想される。持ち時間数からいうと、常識的には、専任は不要となるからだ。
H24年度は、かなり重要な「節目」の年となるのではないか、というのが、ぼくの予想である。次期改訂へのさまざまな論議が開始され、4年後の告示に向いはじめるだろう。
H24年を「底」として、ラインが上に向いていくか、「消失点」に向かって下降していくか・・・・かなりきわどいターニングポイントになるだろう。
「変更。都図研理事会はプレイルームで行います!」・・・09/3/06(金)
○来週の10日、火曜日は、誠之小学校で都図研のH20年度〆の理事研究会・総会だ。
場所は、当初、「パソコン室」を予定していましたが、2年生の保護者会とバッティングしたので、「プレイルーム」へと変更しました。第二校舎の3階、第一校舎の高さでは2階に位置する。迷路みたいな校舎なので迷わないようにしましょう。因みに第二校舎は、大正時代に建てられたものです。
○横内先生の講演の記録が研究局でまとめられ校正段階に入った。ざーっと読むとなかなかすごい記録で、人間が、事象に向い、受け止め、思考し、生かそうとするとこうなる、ということが、よくわかる。横ちゃんと研究局の真摯な姿勢が見えてくる。
○庖刀先生が、今年度最後の「都図研ニュース」をまとめている。紙媒体だが、これも貴重な図工の情報源である。HPもみない、あまり地域や都図研の研究会にも参加しない、そういう図工の先生もいるだろうから、せめて「都図研ニュース」くらいは読んでほしい。
○今日は、夜から、東中野の中野第三中学校で「東京都造形教育協議会」がある。これは、東京都の各学校種が集まり、連携しようとする会であるが、なかなか難しい会で、造形美術教育が一枚岩になれない問題がそこにある。
「文京区区小研発表会アンド図工部打ち上げアンド〇〇〇なんかくそくらえだ!」・・・09/3/05(木)
○昨日は、文京区の教科研究会の発表会であった。図工部の発表は今年はなかったので、「児童文化」の発表に出た。講師の永田陽子先生(臨床心理士)の「伝承遊び」の話はたいへん面白かった。
60年代より、核家族化がすすみ、共同体が地域社会の中から喪失し、人間のかかわりが希薄になったなかで、さまざまなひずみが生じてきているという話から、それをつなぐものが「わらべ唄」であるというものだ。
わらべ唄は、もともと1000年も昔からあり、山伏が伝承していたものだが、民衆によって引き継がれ、そこには、健康な体・ひとと付き合う力・自然と向き合う力などが、唄・遊びを通して子どもの中に伝承・定着していくもので、極めて教育として大切な機能を有しているというもの。
知識を注入され、ゲームにひとりで興じ、勝ち負けだけにこだわるなかで、多くの子どもが、社会性や人とのかかわりを培わぬままに、大きくなっていく現在の状況に、こうした視点からの指摘は、たいへん重要なものだと思う。
ちょうど図工の世界では「造形遊び」が導入された頃、盛んにこうして論議がされたが、いつの間にか、たんなる方法としての造形遊びに話が向いてしまっているのではないだろうか?人としての成長の根源にかかわるものを図工教育・造形遊びはもっていることを忘れてはならないだろう。
文京区の図工部も昨日で〆だが、今年は、若い先生方が3回の研究授業をおこない、講師に鈴石先生ら現場で実践を踏んだ方々をお呼びして、貴重な意見をいただいた。たいへんアットホームでしかも充実した一年であったと思う。これも大道部長らのベテランと若手の協力のたまものであろう。
夜は、都図研・関ブロ大会のレセプション会場であったあの「全林野会館」で打ち上げをおこなった。都図研大会の時は、すぐ食べ物がなくなったが、今日は、食べて、飲んで、よく話したのであった。皆さん、一年間お疲れ様でした。
○そのなかで、湯島小学校の図工の先生である平良麻由子(たいらまゆこ)さんが、ダンスの公演をおこなう。
ダンサーで振付家の伊藤キムさんに企画の公演で、「○○○なんか、くそくらえだ!」というたいへん元気なタイトルである。(つべこべ言ってないで、とにかく体をうごかしなさい、ということらしい。寺山修司の「書を捨て街にでよう」ですね。)
一年間、企画と練習を練っての公演で、たいへん面白そうである。時間のある方はぜひどうぞ。尚、湯島小学校の平良先生に連絡すると、2800円に割引してくれるそうだ。
日時 |
3月13日(金)19:30〜
3月14日(土)14:00〜、19:30〜
3月15日(日)15:00〜
|
|---|---|
会場 |
吉祥寺シアター(武蔵野市吉祥寺本町1−33−22)
|
電話 |
0422−22−0911
|
料金 |
前売り3000円、当日3500円(平良さん紹介だと2800円)
|
図工の先生は、いろんな才能をもった先生がいて刺激的ですね。こんなところも東京の図工専科の奥深いところであろう。
「前休2時間あんど旅行にもいってみたいなあ」・・・09/3/04(水)
○風邪がなかなかおさまらないので、今日は、前2時間休暇をとった。まだまだ仕事が続きますからね。老いた体は、いたわらないと・・・・ね。
○それに引き換え、60歳を過ぎてなお、強靭な体力と意思を持ち続ける鈴石先生が、確か9日からタイにワークショップに出かける。津波にあったプーケットの子どもたちに絵の指導をおこないにいく。なんたるバイタリティ。

実はわが愚娘も、今タイに行っている。5万円で3週間ぐらい行くというのだから、今時の若い女の子は恐れ知らずだ。カメラ片手にどっかをほっつき歩いている。2枚の写真は、以前、行った時のもの。
K先生もミュンヘンにいくので、来年は、都図研ミュンヘンツアーだ!なんちゃって!(「シーン」と役員の皆さんが下を向いている情景が浮かぶ。)
若い女性は、フットワークが軽いですね。好奇心に任せて、どんどん行動する。それに引き換え、おじさんは身動きがとれません。
ぼくも四国にお遍路にいってみたい。空海の姿を追って!
「風邪薬のおかわり」・・・09/3/03(火)
最近は、「ごはん」のおかわりをやめて、減量している。おかげで、5キロほどやせた。かなり、体が軽くなってきた。今までは、5キロのオモリをつけていたと考えると・・・・歩くのがきついのは当たり前だったかもしれない。
でも、73キロ以下を目標にしている。73キロだとあこがれのサッカーができるかもしれない。
本間先生、吉岡先生、雨宮先生とミニサッカーをやるのが夢なので(なんてささやかな夢だろう!練習は、歩きながらの「エアーサッカー」。変な歩き方をしている人がいたらそれはぼくかもしれない。ぼくのエアーサッカーのシュートはすごい!ゴール右すみにシュートが突き刺さっている。もちろんイメージではあるが・・・・頭の中では、すっかりストライカーなのである。)
あと2キロ、がんばりたいが、ここんとこ、夜の反省会があったので、停滞している。しかし依然として、ごはんは、おかわりはしないでいる。が、先週悪化した風邪が抜けず、昨日は、「風邪薬」をおかわりに病院にいったのであった。
「三月ラストスパート」・・・09/3/02(月)
さて、いよいよ三月。児童の登校もあと17日となった。都図研の活動もまとめと新年度の準備段階だ。(でも風邪が治らない。年ですね。体力低下。)
○昨日、玉置先生が、「H20都図研活動報告書」を入稿した。理事会には間に合わないかもしれませんが(微妙)、3月中ごろに各地区に発送しますので理事の先生方、地区での配布よろしくお願いします。ざ〜っとみても、20年度は中味が濃い。それにしても、たくさんの人にお世話になっている。図工教育は依然として、「危機」の状態にあります。皆さまの協力が不可欠です。
○6日金曜日、東京都造形教育協議会。中野第三中学校。今年の〆。
○10日火曜日、15時より、誠之小学校で理事研究会・総会があります。ご多忙と思いますが参加お願いいたします。
○k先生「行ってらっしゃいパーティー」。(都図研ミュンヘン支部設立?)
○21年度城北大会、22年度城南大会が動き出している。手続きを踏みながら、協力してトラブルのないように進めましょう。
○16日月曜日で「教育課程検討委員会」解散。委員の皆さま、二年間に渡りありがとうございました。
○「成績」「指導要録」もつけなくちゃ。
○本間理事長は、しこしこ、決算書、事業報告書、次年度予算書、次年度事業計画書を作成してくれている。
○26日木曜日。役員会。17時より。体制と事業の検討。
○3月29日日曜日は「∞のこどもたち」のシンポジウムが予定されています。詳細は別に連絡。
○異動の人は、準備しないとね。
●次年度のおおまかな事業。
◇5月谷川俊太郎さん+都図研の「子どもの詩の絵本」の出版。
◇6月。美術館鑑賞研究研修。東京都現代美術館予定。
◇7月谷川さんの「詩の絵本」の展示会、イベント。ccAAにて。
◇都中美の研修会に協力。8月25日。
◇8月越後妻有シンポ、鑑賞ツアー。
◇∞のこどもたち展(内容時期未定)。
◇「都図研組織検討委員会」発足。
◇公開授業、研修会、都図研名簿作成、都図研ニュースなど各部局の活動。
◇12月都図研城北大会。一学期都図研城南大会各地区教育委員会折衝。
◇全国造形教育連盟、関東甲信越静地区造形教育連合千葉大会。11月25日水曜日〜27日金曜日。
◇都展(東京都公立学校美術展)。
などなど・・・盛りだくさんです。役員をはじめ皆さまの協力のもとがんばっていきたいと思います。
「ティーチャーズワークス展・谷川絵本・伝統文化」・・・09/3/01(日)
○高橋香苗さんから、夏におこなわれた「ティーチャーズ・ワークス展」のカタログが送付されてきた。この展覧会は、創立60周年を記念して、教員の作品展をCCAAでおこなったものだ。奥村先生をはじめゲストの先生、都図研OB、都図研会員の90名を超える参加者でおこわれた。ずいぶん昔のような気もするが、本年度に開催されたものだ。皆さん、さすが図工の先生である。さまざまなスタイルの創意工夫された作品が集まり、活気があった。教師もまた表現者であった。表現する子どもと表現する教師が共振するところに「専門性」もある。またいつかできたら楽しいだろう。
○昨日は、午前中、新宿で「谷川絵本プロジェクト」の編集会議があった。時任先生・本間先生・高橋香苗先生らとデザイナーの佐武絵里子さんの作成してきた絵本原稿を検討した。文字や大きさ、字体、作品の順番などを検討した。なかなか凝ったデザインなので、佐武さんも苦労しているようだ。5月に発刊し、7月には、CCAAで「絵本の展示会あんどイベント」を計画している。
○午後は、CCAAで「文部科学省伝統文化等教材開発事業研究会」の会議があった。まとめ報告書の検討と教材の検討で、皆さんの意見を聞きながら、校正していったが、皆さん、お疲れのせいか、口が早く、手が追い付かない。気が短いんだから「教師」は・・・・と互いに思ったようだ。夜の反省会には、あきる野市から、岩崎治彦副校長先生も駆けつけた。岩崎先生も今日参加の鈴石先生、内野先生、鷲尾先生、時任先生たちと同じように「過剰」なパワーを持っている方で、夜は、10時11時まで、学校で仕事をしている。また、図工の授業もパワフルにおこなっているらしい。現在、「瀬音の湯」温泉で、児童作品の展示会もしている。五日市小学校には、明治時代の「臨画教育」の作品が大量に保管されているらしく、来年度はお邪魔して、作品研究会を開催してみたいと考えている。


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